罪深く、私を奪って。
亜紀さんの幸せを壊してしまうかもしれない。
昨日の出来事を、亜紀さんに話せばいいのか、秘密にするべきなのか。
優柔不断な私に、その答えが出せるはずもない。
「あーあ。どっかに彼女なしのいい男いないかなぁ」
「しょうがないじゃん。いい男には彼女がいて当然だよ。本気で好きなら略奪しちゃえば?」
通路に響くその会話を聞きながら、エレベーターホールの前でわざと歩調を緩める。
なぜだか、彼女達の会話をこれ以上聞きたくなかった。
楽しげに笑い声をあげるふたりを乗せたエレベーターのドアがゆっくりと閉まったのを確認してから、手を伸ばし下行きのボタンを押す。
「……もうやだ」
誰もいないエレベーターホールで、ため息と共に小さく弱音を吐き出した。
繰り返し思い出す、石井さんの腕の温度。
唇の感触。
忘れようとする度にそれは生々しく甦り、甦る度に罪を重ねているような気分になった。
この言葉には出来ないような重苦しい気持ちが、亜紀さんに対しての罪悪感なのか、石井さんに対しての嫌悪感なのか。
わからないまま、ただ気分だけがどこまでも沈んでいく。
はぁー、と大きく息を吐き出すと、チンとエレベーターが到着する音がして目の前の扉がゆっくりと左右に開いた。
顔を上げると、エレベーターの中の鏡に自分の姿が写った。
……ひどい顔。
昨日の夜、ぜんぜん眠れなかったから。
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