罪深く、私を奪って。
鏡の中の自分の沈んだ顔にうんざりしながら、エレベーターに乗り一階のボタンを押した。
はぁ。
これから仕事なのに、こんな顔してられない。
今日も頑張らなきゃ。
ゆっくりと閉まっていくエレベーターのドアを見ながら、こめかみの辺りをマッサージするように指で押していると、開いたドアの向こうに、エレベーターホールに向かって歩いてくる石井さんの姿が見えた。
反射的に閉まるのボタンに手を伸ばす。
石井さんと同じエレベーターに乗るなんて、絶対にイヤ。
お願い、早く扉閉まって。
そんな私の願いもむなしく、エレベーターのドアが閉じる寸前で、その隙間に大きな手が差し込まれた。
一度は閉まりかけたはずのそのドアが、ゆっくりとまた開いていく。
そこにいたのは、私を見下ろす背の高い男。
エレベーターの操作盤のボタンに手を伸ばしたままの私を見て、小さく笑った。
「普通、人が乗ろうとしてるのにわざと閉めたりするか」
石井さんはエレベーターに乗り込むと、動揺する私を面白がるような口調でそう言った。
「……開くボタンと間違っただけです」
なんて、見え透いた嘘を言いながら彼から目を反らすと、彼の背後のドアが音もなく閉まっていった。
あ……、お願い閉まらないで。
さっきとは反対の事を願ったと同時に、エレベーターは私たち二人をその中に閉じ込めて、ゆっくりと下降をはじめた。
どこまでも落ちていく狭い箱の中にふたりきり。
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