オオカミ男子の恩返し。

大ピンチ


(んもーっ、なんなのよ、アイツ。意味不明)
 結局、あのあと成瀬は戻ってこなかった。
(先輩たちにも心配かけて、ほんとありえない)
 ま、もともと勝手なヤツだと思ってたけど、さ。
 だけど、相手がだれでも、「もめごと」って疲れる。
 このところ、ずっと杏奈と成瀬とわいわいいいながら家に帰ってたから、成瀬のいない帰り道はなんかちょっぴりさみしいし。
 いや、ぜんぜん寂しくなんかないっ。
「ただいまー」
 もやもやする気持ちを振りはらおうと、いつも以上に元気のいい声を出して店の扉を開けると。
「え、どうしたの?」
 ずーん。
 店の中の空気がどんより重い。
「お父さん。おばあちゃん。なにかあったの?」
「あのね、なずな、実は……」
「やめろよ、子供にこんな話」
「んなこといったって、遅かれ早かれわかることでしょうが」
 おばあちゃんがぴしゃりといって、私のほうに歩いてくる。
 そして、私の手をとって、真剣な表情で
「なずな。この店、もう続けられないかもしれない」
といった。
「えっ」
 どういうこと。
 お父さんのほうを見ると、お父さんはうなだれたまま。
 お父さん……。
 大きな体を小さくしょんぼりさせて。あんなお父さん、初めて見る。
「さっき、この店を貸してくれている不動産会社から連絡があって、この土地のオーナーが変わって、3か月後からこの店の家賃が値上がりすることになった。ウチは、今までだって、ギリギリの売り上げでやってたんだ。値上がりしたら、もうやっていけない」
「そんな……」
「すまない、なずな。お父さんの力不足だ」
「そんなことないっ! お父さんの和菓子は最高においしいよ!」
 そういうと、お父さんは力なく笑った。
「安心しろ。なずなを困らせるようなことはしない。そのために、店を畳むんだ。案外、どこかの大手の和菓子屋に就職したほうが、収入は増えるかもな」
「それもそうだね。なずな、旅行に行きたがってたでしょ。店を畳んで雇われの身になったら、家族旅行にも行きやすくなるかもしれない。私ももう歳だし、人生の終わりに温泉三昧も悪くない」
 えぇぇ。本気? 本気で店を畳むの? もうダメなの? 本当に? 
「ねぇ、まだ遅くないよね? 今からでもお客さんがいっぱい来たら、そしたら、お店、続けられるよね!?」
「なずな……」
 お父さんとおばあちゃんが、ふっと笑う。
 だめだ、2人とも、もうあきらめてる。
 無理もない。
 それくらい、急にお客さんを増やすのってむずかしいんだと思う。
 でも、やるしかない!
「私にまかせて! 私がこの店を守って見せる!」
 そういうと、おばあちゃんがあいまいな顔でほほ笑んだ。

 次の日の朝。
のれんの向こうをそっとのぞくと、調理場の奥の大きな鍋から白い湯気があがっている。
 その手前、ステンレスの作業台に向かって立っているお父さんの背中と腕が、キュッキュッと軽快なリズムで揺れる。
 後ろから見ただけでわかる、あれは、三角棒という道具で上生菓子の仕上げをしているところ。
 真っ白な調理服。
 きれいに磨かれたステンレスの作業台や棚。
 ホコリ1つ落ちていない清潔な床。
 お父さんがどれだけ真剣に大切に、和菓子作りをしているかがわかって、胸が苦しくなる。
 この店がなくなるなんて、ぜったいイヤだ。
 私が、ぜったいに私が守ってみせる。
(だいじょうぶだよ、お父さん)
 心の中でそうつぶやいて、私はいつもよりも早く家を出るために洗面台に向かった。

「おはよー」
 と元気な声がして、ハッと顔を上げる。
「え、寝てた? どうしたの、体調悪い?」
 杏奈が心配そうに私の顔をのぞきこむ。
「ううん、ちょっと寝不足で……」
 私は机の上に広げていたノートに目を落とす。
 新作和菓子のこと、考えようとして、寝ちゃった。
 昨日の夜もけっこう遅くまで起きて考えて、でもいいのが思いつかなくて、今朝は気分を変えて学校で考えようと思ったけど、やっぱりなにも思いつかなかった……。
 ズーンと沈みそうになる気持ちを、無理矢理あげて笑顔を作る。
「ねぇ杏奈、うちの和菓子屋、やっぱりかなりピンチみたいで……、でね、SNSを使って宣伝してみようかと思うんだけど」
「いいじゃん! 私、手伝うよ!」
「ありがと~~~~~~!」
 杏奈は、私のとなりにイスを持ってきて、ノートを立てて目隠しにして、こっそりとスマホを取りだす。
「和菓子、和菓子、と」
 そういって杏奈が検索すると……、
「おーっ、すごい、和菓子だらけ!」
 スマホの画面に、たくさんの和菓子の画像が出てくる。
「ね。和菓子、人気じゃん。……ほら、英語! 外国の人にも和菓子ファンがいるんだね! なるほど、和菓子は低カロリーでヘルシーだと思われてるのか。それって、日本のお客さんに対してもアピールポイントになるかも!」
「たしかに。ね、杏奈、この写真よく見せて」
「これ? はい。……うわー、この人、すごい。フォロワー数が10万人を超えてるよっ」
「すごい。でも、なんか人気の理由がわかる。この人、きっと本当に和菓子が好きなんだ」
 和菓子と、それを乗せるお皿の組み合わせが秀逸。
 どれもすごくステキなお皿だけど、ちゃあんと和菓子を引き立てて。
 和菓子に愛情がないと、ここまで気を配れないと思うんだ。
「ふーん、どんな人なんだろうね」
 杏奈がそういってプロフィール欄を見せてくれるけど、そこにはなにも書いてなくて、(sweets_218_417_w)っていうアカウント名だけがわかる。
「年齢も性別も不明ってことね。まぁでもそんなの関係ないのがSNSだよ。よーし、ウチらもいっぱい写真のせて、フォロワー10万人超えをめざすぞぉー」
「お、おーっ!」
 10万人、ってなんだか途方もない数字だな、と思いつつ、杏奈の勢いに負けてこぶしを上げると。
「はっ。ままごとだな」
と、吐き捨てるような声が聞こえた。
 登校してきた成瀬がジロッとこっちを見てる。
「そんなんで潰れかけの店がいきなり繁盛すると本気で思ってるなら、とんだバカだな」
「成瀬、ちょっとなんなのその言い方!」
 杏奈が成瀬をにらみつける。
 けど、成瀬はそんな杏奈を無視して、私を見ている。
「店の目玉になるような新商品を開発するんじゃなかったのかよ」
「それは……そっちもがんばってるけど、なかなかいいのが思いつかなくて」
 そういいながらうつむくと、成瀬がフッと鼻で笑う。
「で、あきらめて、SNSへの投稿か。逃げだな」
「ちゃんと聞いてよ、宣伝もやるけど、商品開発もがんばってるっていいってるじゃん」
「いや、やらないね。人間は楽なほうに流されるからな」
「……どうしてそんなイジワルないい方するの?」
 私は成瀬を見あげる。
「みんながみんな、成瀬みたいに才能とか家柄とか容姿とかお金とか、そういうの全部に恵まれてて、かんたんになんでもできちゃうわけじゃないんだよ? なんにも持ってない人だっているの! がんばってもがんばっても、できないことだってあるの!」
 目に涙が浮かんで、それが落ちないように必死で成瀬をにらみつける。
「あの店はぜったいに私が守って見せるから。二度と口出ししないで!」
 成瀬は、私の目をじっと見て、それから目を伏せた。
「……勝手にしろ」
 そういいのこして去っていく成瀬。
「なずな……」
 杏奈が心配そうにハンカチを渡してくれる。
 私は杏奈のハンカチを目に当てながら、
「やっぱ、成瀬ってサイアク。ほんと、人の気持ちがわからないヤツ。最低」
 といってフフッと笑う。
 笑わないと大泣きしてしまいそうで、ムリに笑ってみたけど、ぜんぜんうまく笑えなくて、杏奈の顔はよけいに心配そうになった。


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