オオカミ男子の恩返し。
青空
見慣れた我が家の居間。ちゃぶ台。
あ、これは夢だな、って気づいたのは、ちゃぶ台の向こうにお母さんが座っているから。
「わー、ぜんぶおいしそう」
ちゃぶ台の上には、お父さんが作った新作の和菓子が並んでいる。
季節はきっと春だ。
桜の花びらのうすいピンク色に、若い緑色。
お母さんの顔がほころぶ。
そのとなりで、おばあちゃんも笑っている。
おじいちゃんとおばあちゃんが始めて、そこにお父さんとお母さんが加わって、形作ってきたお店。
大好きな、私の居場所。
ああ、そうか。
ぜんぶ、なくなっちゃうんだな。
パチっと目を覚ますと、見慣れた私の部屋の天井が見える。
いつも通りの朝。
でも、なんだか外がガヤガヤうるさい。
(え?)
窓の外を見下ろすと……若い女の人たちの行列。
(なにこれっっ!!)
あわてて、階段を降りて店のほうへ行くと、おばあちゃんが電話の受話器をにぎって、注文のノートにメモをとっている。
その隣で、お父さんがスマホで材料の注文の電話をしている。
「なずな、おはよう!」
受話器を置いて、私に声をかけるおばあちゃん。
と、すぐさままた電話の音が鳴りひびく。
「ど、どういうこと……?」
「ああ、なずな、おはよう。わかんないんだよ、わかんないんだけど、朝から注文の電話が鳴りっぱなしで。『地方発送してくれますか』って、北は北海道から南は沖縄まで!」
「そ、それって……」
もしかして、SNSの効果!?
えええええ!!
今このタイミングで、どうして!?
お父さんが話を終えて耳からスマホを離す。
「お父さんっ! これなら、お店……」
続けられるよね?
期待をこめて、お父さんを見あげると、お父さんの目が優しく笑った。
「そうだな。うちの店にとっちゃ、すでに3か月分以上のの地方発送の予約をもらったから、せめてそこまではがんばらないとな」
やったあああ!
私、思わずガッツポーズ!
と、店の前に親友の顔が見えて、私は急いでパジャマから着替えて、杏奈の元へ向かう。
「なずなっ!」
「杏奈!」
「すごいお客さんだね! うちのお父さんが、散歩の途中でこの行列見て、すぐに教えてくれたんだ。なずなががんばったからだよ、ほんと、よかったね!」
杏奈の目にうっすら涙が浮かんでいて、私もちょっと泣きそうになる。
「ありがとう、杏奈。杏奈がSNSのこといろいろ教えてくれたおかげだよ」
そういうと、杏奈が首を横に振る。
「私なんてぜんぜん。なずなと、あとこの人のおかげ!」
「これ……!」
私は、杏奈が差しだしたスマホを手にとって、食いいるように見る。
あのとき、和菓子と器の合わせ方がステキだなぁと思った人のアカウント!
sweets_218_417_wさん!
その最新の投稿を見ると、うちの和菓子屋の「初恋まんじゅう」の写真だ!
写真の下には、
『見た目のかわいさもさることながら、味も最高。職人の腕とこだわりを感じる逸品です』
なんて書いてある。
そうか、この人が取りあげてくれたから、急にこんなにたくさんのお客さんが来てくれたんだ!
インフルエンサーってすごい。
だれだか知らないけどありがとう、sweets_218_417_wさん。
ん? あれ、これ……。
「あ!」
振りかえると、黒い大きな車がちょうど店の行列から少し離れた所でとまった。
ドアが開いて、成瀬、それから執事の椎名さんがおりて、成瀬の左ななめ後ろに立つ。
私は、2人のほうに向かって、1歩ふみだして……、それから、たまらなくなって駆けだす。
「成瀬。執事さん」
優しくこっちを見ている2人の顔を見て、私はまっすぐその胸に飛びこむ。
「お客さんがこんなに……おかげで、お父さんが店を続けるって。これもほんとうにほんとうに……執事さんのおかげです!」
「はい???????」
顔をあげると、あぜんとした表情の成瀬。
「ちょっと、なずな、どういうこと!?」
追いかけてきた杏奈と、それから執事さんに、私は杏奈のスマホの画面を見せる。
「これ……、このアカウント、執事さんのですよね。218は『じいや』、417は『しいな』それから最後のWは、ワタルの頭文字」
あちゃーと、頭をかく執事さんと、驚愕って顔の成瀬。
「椎名! お前、いつの間にこんなアカウント……脇役のくせによけいなことを……」
「申し訳ありません。つい出過ぎたマネを」
「そんなことないです! うちの店、助けてくれてほんとうにありがとうございますっ」
「いえいえ。なずな様とワタル様のがんばる姿に感銘を受けまして……それに、このお店の和菓子が食べられなくなるのは、人類にとっての大損害ですから」
そういって、執事さんがウインクする。
す、すてきぃ。頼りになるぅ。
思わず拝んじゃう私と、そんな私を見てブスッと不機嫌な成瀬。
と、そこにおばあちゃんがあわてた様子で店から出てくる。
「おばあちゃん?」
「あ、なずな! あのね、まんじゅうの材料の自然薯がもうなくて。今並んでいる人たちの分が足りるかどうか、ええっと、どうしたらいいものか」
軽くパニック状態のおばあちゃん。
そりゃそうだよね、ウチの店にこんなにたくさんのお客さんが来るのなんて、初めてだもん!
と、
「乗れ!」
成瀬が、自分の車を指さす。
「え」
「自然薯、用意するんだろ」
「いやでも、うちの店は、お父さんのこだわりで、青森の契約農家さんの自然薯を使ってて」
「青森か。……よし、わかった」
成瀬は、ニヤリと笑う。
「いいから早く乗れ。自然薯、最短ルートで持って帰るぞ」
「最短ルート……?」
「って、なんでヘリコプター!?」
ゴゴゴゴゴゴ。
大きな音に思わず耳をふさぐ。
そして。
ふわり、と空にのぼっていく。
「ぎゃっ」
なんだか生まれて初めての感覚。
機体はあっという間に空に飛びあがり、ふわりと街の上を進んでいく。
「すごい。まるで鳥になったみたい……」
飛行機とはまた違う、自分の羽で自由に飛んでいるような高さ。
そこから見おろす町並みは、住んでいる人の暮らしが見えるようで、なんだかワクワクする。
「は? なんていった!?」
怒鳴るような成瀬の声。
ムリもない。
だって、ヘリコプターの音がうるさすぎて、ふつうの話声じゃ聞こえないんだもん。
「なんでもない!」
私も大声で言いかえすと、成瀬が座席の横からヘッドセットを2つ取りだして、1つを私に渡してきた。
成瀬の真似をして、ヘッドフォンを耳につけてマイクをおろす。
と、成瀬の声かクリアに聞こえてきた。
「なんていった?」
「いや、鳥になったみたいだなーって、それだけ。ね、これつけたらふつうに会話できるんだね。私、こんなのあるって知らなかったから、ヘリコプターの中ってみんな怒鳴りあって会話してるのかなって不思議だったんだ」
「そんなわけないだろ」
軽く笑う成瀬。
「ごめんね、成瀬。また……助けてもらっちゃって」
「気にするな。オレがやりたくてやってるだけだから。そんなことより……、ごめん」
「え。なにが?」
「いや、オレ、なずなのこと守りたいとかいっときながら、結局傷つけてしまって」
私は首を横に振る。
「でも、もう決めたから」
成瀬の大きな目が私をまっすぐに見る。
「なずながだれのことを好きでも、オレはなずなが好きだ」
すとん、と成瀬の言葉が私の中に落ちてきた。
「これからも、もしなずなになにかあったら全力で守る。いいよな?」
「成瀬……」
ごめんね、といいかけて、そうじゃないと思う。
ずっと言いたかったひとこと。
「あの……あ、ありがとっ」
い、いえた!
かぁーっと、顔から火が出そう。
「なずな……」
「抱きしめていいか?」
「はっ!? ダメに決まってるでしょ!」
「なんでだよっ、今の顔かわいすぎだろっ! あ、くそっ、シートベルトがっっ」
「ぎゃっ! ぜったい外しちゃダメ!」
「一瞬だから! 一瞬外して、ちょっとハグするだけならいいだろ! 友情のハグだ!」
「色々ダメに決まってるでしょーーーーーーっ!!!」
わたし、絶叫。
「うわっ、マイクで大声出すなよっ!」
耳をおさえる成瀬。
「ご、ごめんっ! いや、でもそっちが悪いんじゃん!」
「はぁっ!??」
もうむちゃくちゃ。
思えば、成瀬が現れてから、ずーーーーっとむちゃくちゃ。
でも。
このむちゃくちゃは、クセになる。
次は、どんなことが起こるだろうって考えるとワクワクする。
窓の向こうには梅雨明けのすっきりした青空がどこまでも広がっていて。
太陽が「この夏はアツくなるよ」って笑っているように見えた。
おわり
あ、これは夢だな、って気づいたのは、ちゃぶ台の向こうにお母さんが座っているから。
「わー、ぜんぶおいしそう」
ちゃぶ台の上には、お父さんが作った新作の和菓子が並んでいる。
季節はきっと春だ。
桜の花びらのうすいピンク色に、若い緑色。
お母さんの顔がほころぶ。
そのとなりで、おばあちゃんも笑っている。
おじいちゃんとおばあちゃんが始めて、そこにお父さんとお母さんが加わって、形作ってきたお店。
大好きな、私の居場所。
ああ、そうか。
ぜんぶ、なくなっちゃうんだな。
パチっと目を覚ますと、見慣れた私の部屋の天井が見える。
いつも通りの朝。
でも、なんだか外がガヤガヤうるさい。
(え?)
窓の外を見下ろすと……若い女の人たちの行列。
(なにこれっっ!!)
あわてて、階段を降りて店のほうへ行くと、おばあちゃんが電話の受話器をにぎって、注文のノートにメモをとっている。
その隣で、お父さんがスマホで材料の注文の電話をしている。
「なずな、おはよう!」
受話器を置いて、私に声をかけるおばあちゃん。
と、すぐさままた電話の音が鳴りひびく。
「ど、どういうこと……?」
「ああ、なずな、おはよう。わかんないんだよ、わかんないんだけど、朝から注文の電話が鳴りっぱなしで。『地方発送してくれますか』って、北は北海道から南は沖縄まで!」
「そ、それって……」
もしかして、SNSの効果!?
えええええ!!
今このタイミングで、どうして!?
お父さんが話を終えて耳からスマホを離す。
「お父さんっ! これなら、お店……」
続けられるよね?
期待をこめて、お父さんを見あげると、お父さんの目が優しく笑った。
「そうだな。うちの店にとっちゃ、すでに3か月分以上のの地方発送の予約をもらったから、せめてそこまではがんばらないとな」
やったあああ!
私、思わずガッツポーズ!
と、店の前に親友の顔が見えて、私は急いでパジャマから着替えて、杏奈の元へ向かう。
「なずなっ!」
「杏奈!」
「すごいお客さんだね! うちのお父さんが、散歩の途中でこの行列見て、すぐに教えてくれたんだ。なずなががんばったからだよ、ほんと、よかったね!」
杏奈の目にうっすら涙が浮かんでいて、私もちょっと泣きそうになる。
「ありがとう、杏奈。杏奈がSNSのこといろいろ教えてくれたおかげだよ」
そういうと、杏奈が首を横に振る。
「私なんてぜんぜん。なずなと、あとこの人のおかげ!」
「これ……!」
私は、杏奈が差しだしたスマホを手にとって、食いいるように見る。
あのとき、和菓子と器の合わせ方がステキだなぁと思った人のアカウント!
sweets_218_417_wさん!
その最新の投稿を見ると、うちの和菓子屋の「初恋まんじゅう」の写真だ!
写真の下には、
『見た目のかわいさもさることながら、味も最高。職人の腕とこだわりを感じる逸品です』
なんて書いてある。
そうか、この人が取りあげてくれたから、急にこんなにたくさんのお客さんが来てくれたんだ!
インフルエンサーってすごい。
だれだか知らないけどありがとう、sweets_218_417_wさん。
ん? あれ、これ……。
「あ!」
振りかえると、黒い大きな車がちょうど店の行列から少し離れた所でとまった。
ドアが開いて、成瀬、それから執事の椎名さんがおりて、成瀬の左ななめ後ろに立つ。
私は、2人のほうに向かって、1歩ふみだして……、それから、たまらなくなって駆けだす。
「成瀬。執事さん」
優しくこっちを見ている2人の顔を見て、私はまっすぐその胸に飛びこむ。
「お客さんがこんなに……おかげで、お父さんが店を続けるって。これもほんとうにほんとうに……執事さんのおかげです!」
「はい???????」
顔をあげると、あぜんとした表情の成瀬。
「ちょっと、なずな、どういうこと!?」
追いかけてきた杏奈と、それから執事さんに、私は杏奈のスマホの画面を見せる。
「これ……、このアカウント、執事さんのですよね。218は『じいや』、417は『しいな』それから最後のWは、ワタルの頭文字」
あちゃーと、頭をかく執事さんと、驚愕って顔の成瀬。
「椎名! お前、いつの間にこんなアカウント……脇役のくせによけいなことを……」
「申し訳ありません。つい出過ぎたマネを」
「そんなことないです! うちの店、助けてくれてほんとうにありがとうございますっ」
「いえいえ。なずな様とワタル様のがんばる姿に感銘を受けまして……それに、このお店の和菓子が食べられなくなるのは、人類にとっての大損害ですから」
そういって、執事さんがウインクする。
す、すてきぃ。頼りになるぅ。
思わず拝んじゃう私と、そんな私を見てブスッと不機嫌な成瀬。
と、そこにおばあちゃんがあわてた様子で店から出てくる。
「おばあちゃん?」
「あ、なずな! あのね、まんじゅうの材料の自然薯がもうなくて。今並んでいる人たちの分が足りるかどうか、ええっと、どうしたらいいものか」
軽くパニック状態のおばあちゃん。
そりゃそうだよね、ウチの店にこんなにたくさんのお客さんが来るのなんて、初めてだもん!
と、
「乗れ!」
成瀬が、自分の車を指さす。
「え」
「自然薯、用意するんだろ」
「いやでも、うちの店は、お父さんのこだわりで、青森の契約農家さんの自然薯を使ってて」
「青森か。……よし、わかった」
成瀬は、ニヤリと笑う。
「いいから早く乗れ。自然薯、最短ルートで持って帰るぞ」
「最短ルート……?」
「って、なんでヘリコプター!?」
ゴゴゴゴゴゴ。
大きな音に思わず耳をふさぐ。
そして。
ふわり、と空にのぼっていく。
「ぎゃっ」
なんだか生まれて初めての感覚。
機体はあっという間に空に飛びあがり、ふわりと街の上を進んでいく。
「すごい。まるで鳥になったみたい……」
飛行機とはまた違う、自分の羽で自由に飛んでいるような高さ。
そこから見おろす町並みは、住んでいる人の暮らしが見えるようで、なんだかワクワクする。
「は? なんていった!?」
怒鳴るような成瀬の声。
ムリもない。
だって、ヘリコプターの音がうるさすぎて、ふつうの話声じゃ聞こえないんだもん。
「なんでもない!」
私も大声で言いかえすと、成瀬が座席の横からヘッドセットを2つ取りだして、1つを私に渡してきた。
成瀬の真似をして、ヘッドフォンを耳につけてマイクをおろす。
と、成瀬の声かクリアに聞こえてきた。
「なんていった?」
「いや、鳥になったみたいだなーって、それだけ。ね、これつけたらふつうに会話できるんだね。私、こんなのあるって知らなかったから、ヘリコプターの中ってみんな怒鳴りあって会話してるのかなって不思議だったんだ」
「そんなわけないだろ」
軽く笑う成瀬。
「ごめんね、成瀬。また……助けてもらっちゃって」
「気にするな。オレがやりたくてやってるだけだから。そんなことより……、ごめん」
「え。なにが?」
「いや、オレ、なずなのこと守りたいとかいっときながら、結局傷つけてしまって」
私は首を横に振る。
「でも、もう決めたから」
成瀬の大きな目が私をまっすぐに見る。
「なずながだれのことを好きでも、オレはなずなが好きだ」
すとん、と成瀬の言葉が私の中に落ちてきた。
「これからも、もしなずなになにかあったら全力で守る。いいよな?」
「成瀬……」
ごめんね、といいかけて、そうじゃないと思う。
ずっと言いたかったひとこと。
「あの……あ、ありがとっ」
い、いえた!
かぁーっと、顔から火が出そう。
「なずな……」
「抱きしめていいか?」
「はっ!? ダメに決まってるでしょ!」
「なんでだよっ、今の顔かわいすぎだろっ! あ、くそっ、シートベルトがっっ」
「ぎゃっ! ぜったい外しちゃダメ!」
「一瞬だから! 一瞬外して、ちょっとハグするだけならいいだろ! 友情のハグだ!」
「色々ダメに決まってるでしょーーーーーーっ!!!」
わたし、絶叫。
「うわっ、マイクで大声出すなよっ!」
耳をおさえる成瀬。
「ご、ごめんっ! いや、でもそっちが悪いんじゃん!」
「はぁっ!??」
もうむちゃくちゃ。
思えば、成瀬が現れてから、ずーーーーっとむちゃくちゃ。
でも。
このむちゃくちゃは、クセになる。
次は、どんなことが起こるだろうって考えるとワクワクする。
窓の向こうには梅雨明けのすっきりした青空がどこまでも広がっていて。
太陽が「この夏はアツくなるよ」って笑っているように見えた。
おわり
