オオカミ男子の恩返し。
雨の日の仲直り
次の日。
夕食作りでいそがしそうなおばあちゃんに店番を頼まれて、私は店のカウンターにほおづえをついてぼんやりと外を眺めている。
今日も雨。梅雨だからって、去年はこんなに降ってたっけ。
夕方の雨って、なんだか寂しい気持ちになる。
ざぁざぁと降りつける雨に、今日はもうお客さん来ないだろうな、と思っていると。
「あ、いらっしゃいませー」
お客さんの姿が見えて、私はイスから立ちあがる。
「こんにちはー」
そういいながらにこやかに入ってきたお客さんは、見たことのない人だった。
うちの店のお客さんはだいたい顔なじみの近所の人が多いから、めずらしい。
しかも、こんな雨の中わざわざ買いにきてくれるなんて。
「わぁ、おいしそう」
ショーケースを見て目を細めるお客さん。
「これとこれ……と、これ。ください」
「ありがとうございます!」
私が袋詰めをしていると、お客さんはお財布を出しながら店の中を見まわして、
「このお店、古いんですか?」
と、いった。
「はい、うちのおじいちゃんの代からで」
「そうなんですね。私、引っ越してきたばかりで、この辺のことぜんぜん知らなくて」
「じゃ、たまたま通りがかって見つけてくださったんですか?」
「あぁ、今、駅前でチラシを配ってますよね? それで」
「チラシ? うちの店の、ですか?」
「えぇ」
おかしいな。今日は配ってないけど。このお客さん、他の店と間違えてるのかな。
「それ、よかったら見せてもらえますか?」
「いいですよ、もちろん」
そういってお客さんが見せてくれたチラシは、つやつやの紙にカラー印刷の、やたらスタイリッシュなデザインの、お金かかってそうなチラシで。
「これ……、どんな人が配ってました?」
「若い男の子でしたよ。レインコートで顔はよく見えなったけど、背が高い男の子。あら、こちらのお店の方じゃないの?」
不思議そうな顔をしたお客さんに、私はあわてて首を横に振る。
「いえ、すみません、変なこと聞いて。ちょっと私……。おばあちゃあん! お客さん! お会計お願いします!」
私が家の奥に向かって叫ぶと、すぐにおばあちゃんが出てくる。
「まぁまぁ、ありがとうございます。あら、すごい雨ですねぇ」
「ほんと、梅雨の時期はうっとうしくて」
おばあちゃんとお客さんの会話を背に、私はカウンターを飛び出してビニール傘を手に取る。
「私、ちょっと出てくる!!」
「え、こんな雨降ってんのにどこへ?」
「近所! すぐ戻るから!」
どくん、どくん。
鼓動がどんどん早くなる。
雨足はどんどん強くなって、傘をさしていても足元が濡れてるけど、そんなの気にならない。
この、いかにもお金かかってそうなチラシを配ってる、背の高い男の子。
それって、まさか。
いやでも、それじゃあ他のだれだっていうの?
ほとんど全速力で駅まで走って、駅前のロータリーについたところで「あっ」と立ちどまる。
やっぱり。
Tシャツにジーンズ、そしてマスクをした成瀬がチラシ配りをしている。
なんでそんなことしてんの。
そんなキャラじゃないじゃん。
チラシ配りなんて、コスパが悪いとかタイパが悪いとかいって、一番バカにしそうなのに。
私、ひどいこといって傷つけたのに。
なのに、どうしてそんなことまでしてくれるの……?
もう。
もう!!!
「なにしてるの?」
後ろから声をかけると、成瀬がビクッとして振りかえる。
「わっ。なずな、なんでここに?」
「そっちこそ。なんで中学生社長様がウチの店のチラシ配りなんてしてるの。似合わなすぎ」
「しかたないだろ。バイト雇ってやらせるとか、空からばらまくとかのほうがオレとしは楽だけど、なずなぜったい嫌がるし」
成瀬がそういって、私はわざとらしく「はーっ」とため息をつく。
「うちに来たお客さんが、駅前でもらったチラシを見て買いに来たっていってたから、どんな不審者が出たんだと思って、見に来たの」
「え、客!!!」
私の嫌味なんて全く聞こえてないようで、「お客さん」という言葉にキラッと目を光らせる成瀬。
「……そのお客さん、いっぱい買ってくれたよ。近くにこんな和菓子屋があるなんて知らなかったから、チラシのおかげで来れてよかったって。また来てくれるって」
「そっか。そっかぁ……」
ジーンと、喜びをかみしめるような表情をする成瀬。
ありがとう。
口から出かけた言葉が、意地っ張りな私のくちびるに押し戻されてお腹に戻る。
たった五文字の言葉が、なんで素直にいえないのかな。
相手が成瀬じゃなかったらいえるのに。
おへそのあたりがムズムズして気持ち悪い。
「でも、もういいよ。こんな雨だし、風邪ひいちゃう」
「いや、でも明日も明後日も雨の予報だし、あと少し、チラシあるぶんだけ配るわ……お願いしまーす」
そういって、成瀬がチラシを差しだして……でも、受けとってもらえない。
めげずに、次の人にチラシを渡そうをする成瀬。
ああもう、見てられないよっ。
「こういうのは私のほうが得意だから! サラブレッドのおぼっちゃんにはうまくやれないでしょーよっ」
「はぁ? オレが今日どんだけ配ったと思ってんだよ」
「わかった、じゃあどっちが先に配り終えるか競争しよ」
そういって、私は成瀬が持っているチラシの束から半分くらいの量を取る。
「お願いします!」「お願いしまーす!」
雨のせいか、いつも以上にみんな受けとってくれないけど。
駅から出てきたスーツ姿のおじさんに、私と成瀬が同時にチラシを差しだして。
おじさんは、ちょっとびっくりした顔をして、それからちょっと笑いながら2枚とも受け取ってくれる。
「ありがとうございます!!!」
私たちの声が重なる。
そして、顔を合わせて笑った。
「ただいまー」
「なずな、おかえり。それ、試作品だと」
家に戻ると、台所の台の上に箱が置いてある。
その箱の上には、お父さんの達筆な字で「初恋まんじゅう」と書いた紙が貼ってある。
「え」
私はあわててフタを開けて、息を飲む。
「すごい……めちゃくちゃかわいいっ」
私が考えたお姫様と王子様のおまんじゅう。
イラストがそのまま現実に現れたくらい、よくできてる。
「食べてみな」
おばあちゃんに勧められて、食べるのもったいないなぁと思いながら口に運ぶ……あ。
「これ……、いちごと練乳の味!」
私のアイディアでは、カスタード味の餡だったけど。
こっちのほうがだんぜんいい。
あまい練乳味のミルク餡の中に、ちょっとすっぱいイチゴのソースが入っていて、あまずっぱい。
まさに、「初恋まんじゅう」。
「やっぱり、お父さんは天才だよ……」
目の前が涙でにじむ。
もうひとくち、おまんじゅうを口にいれると、そのおいしさが身体中に染みわたった。
夕食作りでいそがしそうなおばあちゃんに店番を頼まれて、私は店のカウンターにほおづえをついてぼんやりと外を眺めている。
今日も雨。梅雨だからって、去年はこんなに降ってたっけ。
夕方の雨って、なんだか寂しい気持ちになる。
ざぁざぁと降りつける雨に、今日はもうお客さん来ないだろうな、と思っていると。
「あ、いらっしゃいませー」
お客さんの姿が見えて、私はイスから立ちあがる。
「こんにちはー」
そういいながらにこやかに入ってきたお客さんは、見たことのない人だった。
うちの店のお客さんはだいたい顔なじみの近所の人が多いから、めずらしい。
しかも、こんな雨の中わざわざ買いにきてくれるなんて。
「わぁ、おいしそう」
ショーケースを見て目を細めるお客さん。
「これとこれ……と、これ。ください」
「ありがとうございます!」
私が袋詰めをしていると、お客さんはお財布を出しながら店の中を見まわして、
「このお店、古いんですか?」
と、いった。
「はい、うちのおじいちゃんの代からで」
「そうなんですね。私、引っ越してきたばかりで、この辺のことぜんぜん知らなくて」
「じゃ、たまたま通りがかって見つけてくださったんですか?」
「あぁ、今、駅前でチラシを配ってますよね? それで」
「チラシ? うちの店の、ですか?」
「えぇ」
おかしいな。今日は配ってないけど。このお客さん、他の店と間違えてるのかな。
「それ、よかったら見せてもらえますか?」
「いいですよ、もちろん」
そういってお客さんが見せてくれたチラシは、つやつやの紙にカラー印刷の、やたらスタイリッシュなデザインの、お金かかってそうなチラシで。
「これ……、どんな人が配ってました?」
「若い男の子でしたよ。レインコートで顔はよく見えなったけど、背が高い男の子。あら、こちらのお店の方じゃないの?」
不思議そうな顔をしたお客さんに、私はあわてて首を横に振る。
「いえ、すみません、変なこと聞いて。ちょっと私……。おばあちゃあん! お客さん! お会計お願いします!」
私が家の奥に向かって叫ぶと、すぐにおばあちゃんが出てくる。
「まぁまぁ、ありがとうございます。あら、すごい雨ですねぇ」
「ほんと、梅雨の時期はうっとうしくて」
おばあちゃんとお客さんの会話を背に、私はカウンターを飛び出してビニール傘を手に取る。
「私、ちょっと出てくる!!」
「え、こんな雨降ってんのにどこへ?」
「近所! すぐ戻るから!」
どくん、どくん。
鼓動がどんどん早くなる。
雨足はどんどん強くなって、傘をさしていても足元が濡れてるけど、そんなの気にならない。
この、いかにもお金かかってそうなチラシを配ってる、背の高い男の子。
それって、まさか。
いやでも、それじゃあ他のだれだっていうの?
ほとんど全速力で駅まで走って、駅前のロータリーについたところで「あっ」と立ちどまる。
やっぱり。
Tシャツにジーンズ、そしてマスクをした成瀬がチラシ配りをしている。
なんでそんなことしてんの。
そんなキャラじゃないじゃん。
チラシ配りなんて、コスパが悪いとかタイパが悪いとかいって、一番バカにしそうなのに。
私、ひどいこといって傷つけたのに。
なのに、どうしてそんなことまでしてくれるの……?
もう。
もう!!!
「なにしてるの?」
後ろから声をかけると、成瀬がビクッとして振りかえる。
「わっ。なずな、なんでここに?」
「そっちこそ。なんで中学生社長様がウチの店のチラシ配りなんてしてるの。似合わなすぎ」
「しかたないだろ。バイト雇ってやらせるとか、空からばらまくとかのほうがオレとしは楽だけど、なずなぜったい嫌がるし」
成瀬がそういって、私はわざとらしく「はーっ」とため息をつく。
「うちに来たお客さんが、駅前でもらったチラシを見て買いに来たっていってたから、どんな不審者が出たんだと思って、見に来たの」
「え、客!!!」
私の嫌味なんて全く聞こえてないようで、「お客さん」という言葉にキラッと目を光らせる成瀬。
「……そのお客さん、いっぱい買ってくれたよ。近くにこんな和菓子屋があるなんて知らなかったから、チラシのおかげで来れてよかったって。また来てくれるって」
「そっか。そっかぁ……」
ジーンと、喜びをかみしめるような表情をする成瀬。
ありがとう。
口から出かけた言葉が、意地っ張りな私のくちびるに押し戻されてお腹に戻る。
たった五文字の言葉が、なんで素直にいえないのかな。
相手が成瀬じゃなかったらいえるのに。
おへそのあたりがムズムズして気持ち悪い。
「でも、もういいよ。こんな雨だし、風邪ひいちゃう」
「いや、でも明日も明後日も雨の予報だし、あと少し、チラシあるぶんだけ配るわ……お願いしまーす」
そういって、成瀬がチラシを差しだして……でも、受けとってもらえない。
めげずに、次の人にチラシを渡そうをする成瀬。
ああもう、見てられないよっ。
「こういうのは私のほうが得意だから! サラブレッドのおぼっちゃんにはうまくやれないでしょーよっ」
「はぁ? オレが今日どんだけ配ったと思ってんだよ」
「わかった、じゃあどっちが先に配り終えるか競争しよ」
そういって、私は成瀬が持っているチラシの束から半分くらいの量を取る。
「お願いします!」「お願いしまーす!」
雨のせいか、いつも以上にみんな受けとってくれないけど。
駅から出てきたスーツ姿のおじさんに、私と成瀬が同時にチラシを差しだして。
おじさんは、ちょっとびっくりした顔をして、それからちょっと笑いながら2枚とも受け取ってくれる。
「ありがとうございます!!!」
私たちの声が重なる。
そして、顔を合わせて笑った。
「ただいまー」
「なずな、おかえり。それ、試作品だと」
家に戻ると、台所の台の上に箱が置いてある。
その箱の上には、お父さんの達筆な字で「初恋まんじゅう」と書いた紙が貼ってある。
「え」
私はあわててフタを開けて、息を飲む。
「すごい……めちゃくちゃかわいいっ」
私が考えたお姫様と王子様のおまんじゅう。
イラストがそのまま現実に現れたくらい、よくできてる。
「食べてみな」
おばあちゃんに勧められて、食べるのもったいないなぁと思いながら口に運ぶ……あ。
「これ……、いちごと練乳の味!」
私のアイディアでは、カスタード味の餡だったけど。
こっちのほうがだんぜんいい。
あまい練乳味のミルク餡の中に、ちょっとすっぱいイチゴのソースが入っていて、あまずっぱい。
まさに、「初恋まんじゅう」。
「やっぱり、お父さんは天才だよ……」
目の前が涙でにじむ。
もうひとくち、おまんじゅうを口にいれると、そのおいしさが身体中に染みわたった。