オオカミ男子の恩返し。

転入生とお世話係

「成瀬航海。14歳。ゲーム会社『W・』取締役社長。アメリカ在住。成績優秀で、英語がペラペラだって! あ、ミミちゃん人形とかミニカーとかの会社『サニー』の会長の孫だって! ふんふん。え、推定年収は1億円!? やばっ。間違いない。正真正銘の、才能あふれてる系セレブ男子だよ!」
 杏奈が、興奮気味にスマホの画面を読み上げる横で、私は頭を抱えている。
「えぇー、幼稚園のときとキャラ違いすぎて」
 いつも泣いてるイメージだったのに。
 本当に、本当にワタちゃんなの!?
「だから、なずなと結婚したい一心で強くなって帰ってきたってことでしょ! わざわざこんなフツーの公立中学に転校してきてさ。きゃーっ、一途すぎっ」
「いや……」
 高田中学校、2年4組の教室。
 1時間目と2時間目の間の休み時間。
 ふだんから騒がしいクラスだけど、今日は一段と大盛り上がり。
 そして、その大騒ぎを引き起こしている張本人は、窓際の一番後ろの席にゆったり座って軽く微笑んでいる。クラス中の女子に囲まれて。
「成瀬くん、ほんと足長いよねー! なに食べたらそうなるの? 好きな食べ物なに?」
「好きな食べ物か。ハンバーガーかな」
「きゃっ! 意外とふつう♡」
「ね~、かわい~♡」
……はぁ。
 さっきから、成瀬&色めきたったクラスの女子であんなふうに中身のない会話がくりひろげられていて。
 興奮気味なのはクラスメイトの女子たちだけじゃない。
 成瀬が作ったゲームはとにかく大人気らしくて、ふだんからにぎやかなタイプの男子はもちろん、おとなしめの男子も隙あらば成瀬に近づき、サインをもらったり、ゲーム制作の裏話を聞いたり、とにかく興味津々々ってかんじ。
 そして、廊下側の窓からは、他の学年・他のクラスの女子たちが成瀬目当てで首を伸ばしている。
「成瀬君、こっち見て!」
「きゃぁぁぁ! 目が合った!」
 そういって嬉しそうに飛びはねる中三の先輩の手には、「なるせ♡」と書かれたウチワが握られている。
「推しうちわ……。いつのまに用意したんだ。もう完全にアイドル扱いだね。まぁでもわかるわー。」
 杏奈がうっとりした顔で成瀬を見つめる。
「超お金持ちで、仕事も勉強もできて、英語ペラペラで、そしてあの顔。いいなー、なずな」
「よくない!!」
 ぶすーっとした顔で、わたしは杏奈の机にほおづえをついて、成瀬のほうを見る。
 今、成瀬が座っているのは、わたしの左となりの席。
 転入はともかく、クラスとかどの席に座るとか、そんなとこまで希望が通るって、さすがにズルくない!?
 そう思って、朝礼のあと、担任の小林先生に抗議したら、「まぁ、細かいこというな。アイツもこれまでの中学との違いに戸惑うことも多いだろうから、世話してやれ」だって。
 うーっ。先生、まさかワイロとかもらってないよね!?
 女子たちに感じのいい笑顔をふりまく成瀬を疑いの目で見る私。
 うーーーーん……。

「いや、おかしい!!ありえない!!!」
 わたし、体を起こしてバンっと杏奈の机をたたく。
「ぜったいおかしい。これは、なにかの間違い。そうだ、これにはきっと裏がある」
「ウラ? 例えば?」
「例えば……、人違いとか」
「いや、でも、大昔とはいえ、結婚の約束したことはなずなも覚えてるんでしょ?」
「そう……か。じゃあ、ほら、だれかに脅されて、ほんとは好きじゃないのに好きっていってる、とか」
「あの子を脅していいなりにできるのって誰よ。本人が超金持ちで、実家も超超超金持ちなんだよ? あの子脅したら、そいつ、殺し屋とかに消されるんじゃない?」
「うー、分かった! ドッキリだ! どこかにテレビのカメラが隠れてて、もう少ししたら、『ドッキリ大成功~』って芸人さんが出てくるんだ!」
「……それこそ、超フツーの女子中学生のドッキリなんて、ありえないでしょ」
「そうだけどぉー……」
 やっぱり信じられない。
 っていうか、現実味がない。
 だって、幼稚園以来、一度も会ってないんだよ?
 そんなの、一途ってより、なんか怖くない??
「あ、先生きた。ほら、なずな、席にもどらないと! ファイト♡」
 もう! 杏奈ってば、完全におもしろがってる。
 二時間目の授業の始まりのチャイムが鳴って、わたしはしぶしぶ自分の席にもどる。
 名残り惜しそうに私の席を立ったクラスの女子に代わって、私が席をつこうとすると。
 さっと立ちあがった成瀬が、にこりと笑ってイスをひいてくれる。
 それはもう、まるでおとぎ話の王子様のように。
 キャーッと教室に響く女子の悲鳴。
「なにあれ、カッコイイ♡」
「リアル王子様じゃん、ほんとステキ」
「なずなちゃん、いいなー」
 あちこちから聞こえてくる声と、興味津々って感じのまなざし。
 ううう、もうほんとやめて。こんなふうに目立つのがイヤで、これまで地味に生きてきたのに。
「ちょっ、いいよ、べつにそんなことしなくて!!」
 あわててそういうけど、成瀬はにっこにこの笑顔。
「婚約者なんだから、こんなの当たり前だろ♡ ああ、いいな。なずなと机を並べて授業を受けるなんて、なんだか夢みたいだ」
「んもう、大げさっ」
 小声でそういいつつ、とにかく、一部の女子のしっとの視線も痛いし、早く座っちゃおう。
 そう思って席に座ると、成瀬も席について、じーっとこっちを見てくる。
「……ちょっと、見ないでよ」
「なんで? いいだろ。約10年ぶりだぞ。あぁ、ほんと長かった。オレがどれだけなずなに会いたかったか」
「あの……、それ、どこまで本気?」
「ん? どこまで? どこまでも本気だけど」
「いやいや、おかしいじゃん!幼稚園の時と今じゃ、そのなんか色々違いすぎるし、いくら約束したからって……その……」
「え。あの約束、時効ってこと?」
 しゅん、と、悲しそうな瞳で成瀬が私を見る。
 その瞳は、あの頃のワタちゃんの瞳のようで。
「いや、それは、えっと……」
 私がしどろもどろになっていると。
「ぷっ」
 成瀬が吹き出す。
「え?」
「いや、なずなは本当に何も変わってないな。素直でお人好しで」
「なに?からかってるの?」
「そうじゃないけど。いや、オレだって、『あの時約束したんだから、もちろん結婚するよな? ってことで、今すぐオレと付き合え!』なんて言わねーよ」
「え、じゃあ……」
 私が首を傾げると、成瀬がグイッと顔を寄せて、まっすぐに私の目を見つめる。
「それでも、オレは、なずなが好きだ」
 ドキッ。
 まっすぐな告白の言葉が、心臓に響く。
「え、えっと……え?」
 どうしよう、と思っていると、目の前で成瀬が人差し指を突き出した。
「1日。1日、いっしょにいれば、なずなは必ずオレのことが好きになる」
 なんて無茶苦茶な、と思うけど、成瀬の目は真剣そのもので。
 有無をいわせないような、そんな迫力がある。
「そ、そんな……」
「この10年、オレはなずなにふさわしい男になるためにがんばってきたんだ。そのために努力して、努力して、望むものはすべて手に入れてきた」
 そういって、成瀬はニヤリと笑う。
「で、最後にして最大の望みが、なずなだ。なずなが隣にいてくれること」
「……私、そんなかんたんに人を好きになったりしないけど」
「まぁ、見てろって。」
 成瀬は余裕げな表情でほお杖をついてこっちを見る。
「……あんまりジロジロ見ないで」
 そういうと、成瀬はフッと笑う。
「なずなは本当に変わってるな。女子はだいたいオレと目が合うと喜ぶのに。あ、もしかして、『目が合うと好きになっちゃうかも♡』って感じ?」
「ち、ちが……っ」
 言いかえそうとした瞬間、担任で数学担当の小林先生が教室に入ってきて、私はあわてて前を向く。
「じゃ、授業始めるぞー。教科書開いて」
 クラスメイト達がみんなダルそうに教科書とノートを机の上に出す中、となりの成瀬の机の上にはノートと筆箱しかなくて。
「あれ、教科書は?」
 と聞くと、
「ない。なんか間に合わなかったとかで。まぁ、聞けばわかるし」
 とにっこり。
 聞けばわかるって、いくら頭良くても、教科書は必要でしょうよ!
 はぁ。大きなため息をつく。
 もう。なんで私が。
 そう思いながら、教科書を自分の机と成瀬の机のまんなかに置く。
 すると、成瀬がほっこりと幸せそうな顔。
「やっぱりなずなは優しいなぁ♡」
「んもう。大金持ちなんでしょ? だったらお金の力で教科書くらい用意してよね!」
「まーな。ぜんぜん用意できるし、なんならこの教科書の会社ごと買い取ってもよかったんだけど。たぶん、教科書なかったら、なずなが見せてくれるだろうな、と思って」
「へっ」
 やられた。まんまと成瀬の思惑通りに……なにやってんの、私。
 ダメダメ。
 成瀬のペースに乗せられちゃダメ。
 しっかりしなきゃ、と気合いを入れる。
「ふーん、一次方程式かぁ。なつかしいなぁ。幼稚園のときやってたなぁ」
 ほおづえをついて、教科書をながめる成瀬。
 幼稚園って。 私、13歳の今でも苦戦してるのにっ。
 それにしても……、うっ。顔が近いっ。
 けど、教科書見ないわけにはいかないし。
 よしっ、勉強に集中!
 そう思うけど、やっぱ気になる~~~~。
 先生が作った問題プリントが配られて、ようやく成瀬の顔が、少し遠くなる。
 よかった。
 私もプリントの問題を解こうとして……、あれ、この問題ってどう解くんだっけ。
 教科書を見直そうと左を向くと、成瀬の横顔が目に入る。
(まつげ、長っ!)
 ほんと、きれいな顔してるなぁ。
 キリッとした眉毛の下の、大きな瞳。
 正面からの顔もきれいだけど、鼻が高くて横顔もきれい。
 ついうっかり見とれてしまう。
 まぁ、幼稚園の時もかわいい顔してた気がする。
 あの小さかった男の子が、10年経つとこんな風に成長するんだなぁ……。
 そんなことを考えていたその時、成瀬がプリントをそっと教科書の上に滑らせてきた。
(え、なに?)
 視線を落として、プリントを見ると、右下に小さな字でなにか書いてある。
 
『オレに見とれてる?』

「わっ」
 思わず声が出て、あわてて口を押える。
 そんな私をまっすぐ見つめ、アゴの下に手を当てて、口元くいっと上げて笑う成瀬。
 もう、まるで、なにかの雑誌の表紙みたいな決め顔。
 うーわっ、イケメン! ……じゃなくて。
 ぜったい私のことからかってる!
『見てない!!』
 私、成瀬の文字の下に大きな字で書く。
『ウソ。見てただろ』
『見てないってば!』
「照れるなよ。気にするな、オレはそーゆーのには慣れてる」
「そーゆーのってなに?」
「だから、だれかが自分を見て恋に落ちる瞬間? 今のなずなみたいに」
 ……ほんと、どこまで自信過剰なのっ?
 いや! だから! そんなんじゃないんだって!
 そう書き足そうとしたところで。
「じゃあ、問1の答えを……小田!」
 非情な先生の声。
「は、はいっ!」
 ヤバッ! 当てられちゃった。
 まだぜんぜん解けてないのに!
 あわわわわ、と焦っていると。
 成瀬がすっと自分のプリントの解答欄を指さした。
「……y=2x‐1です」
わたし、答えを読み上げる。
「はい、正解。成瀬が隣りで助かったな、小田。これじゃ、どっちが世話係かわからないなぁ」
 先生かそういって笑って、クラスメイトたちも笑う。
 がっくり。
 なんだか疲れはてて、もう早く帰りたくて時計を見る。
 え、うそ、まだ10時すぎ!?
 そりゃそうか、まだ2時間目の真っ最中だもんなぁ。
 なんか、とてつもなく長い1日になりそうな、イヤな予感がする。
 この時のその予感は……、ばっちり当たったんだ。


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