舞子姉さんの古着屋さん奮闘記

1. 始まり

 「では4月1日から本格的に始動することにしましょうか。」 山田紘一は書類をまとめながらそう言った。
まだ何も無い広間の一角で机に向かって額を寄せ集めているのは就労継続支援を行う作業所 ひまわりネットの5人である。
 中島舞子はここ 桜木の主任経営者に任命されて少々戸惑っていた。 「私なんかに出来るのかな?」
彼女はこれまで喫茶店のウェイターとか食堂の運び係とかそんな仕事しか経験が無いんだ。 隣に座っている沖野康子も同じような思いに沈んでいた。
 「まあ、沈んでばかりいたって何も出来ないんだわ。 ぶつかるしか無いわよ。」 「それもそうね。」

 実はこの古着サロン、市民から寄せられた素っ頓狂な提案が元で(やってみよう)ってことになって実現したのである。
市の広報で構想が発表された時、役所には「いい加減なことを言うんじゃねえよ! 税金を使って何を遊んでるんだ!」と怒鳴り込んだ男たちも居た。
賛否両論 議論乙獏、その中でやっとの思いで開設にまで漕ぎ着けたプロジェクトだったのだ。
 山田は舞子の顔を見詰めながら言い含めるように話を始めた。 「俺だってこの仕事は初めてなんだよ。 どうなるかさっぱり見当もつかない。 でもやるだけのことをやろうじゃない。」
「そうとは思うんですけど、、、。」 「何か心配事でも?」
 「私は経営のことなんてまるで分かってないし事業のことだって、、、。」 「ああ、それならみんな同じだよ。 みんな違う職場から集まってくれたんだ。 心配は無いよ。」
その時、3時のチャイムが鳴った。 「よし。 会議はこれくらいでそれぞれに仕事に当たってくれ。」
 山田はそう言うと席を立って店の裏に向かった。 そこには軽トラックが2台停めてあるんだ。
その1台に乗り込むと相棒にしている富岡純一と一緒に車を走らせて行った。
 「山田さんは何処へ?」 「ああ、洗濯機を仕入れに行ったんですよ。」
「洗濯機?」 「そうそう。 持ち込んでもらった古着を洗ってから出すでしょう? それで2台は要るだろうからって。」
「なるほどね。 そういえば古着の募集は掛けたの?」 「それなら半年前から広報で声を掛けてますよ。 何でも役所の方には問い合わせも来てるんだって。」
 「なんとかなりそうかな。」 「まあまだ一か月は有るんだし俺の知り合いにはグループホームの職員も居るから頼んで有るし集まるんじゃないのかなあ?」
「後は通ってくれる人たちよね?」 「それなら町内会にも働き掛けてあるし老人会にも声は掛けてるしいいんじゃないかなあ?」
 そこへマネージメントを引き受けている吉田真子が入ってきた。 「お疲れさま。 ところでさあ身体障碍者の人から問い合わせが来たんだけどどうする?」
「障碍者?」 「そう。 何でも自閉症だとか、、、。」
 「それは会ってみないと分からん。 会える日と時間を聞いてくれないかな?」 「分かった。」
真子はメモを見ながらテーブルに座った。 「もうすぐねえ。」
「そうだ。 もうすぐだ。 最初はどうなるか分からなかったけどやっと形が見えてきたね。」
 そこへ大型のトラックがやってきた。 「こんにちは。 商品をお届けに参りました。」
「商品?」 「そうそう。 トルソーとかテーブルとか鏡台とか、、、。」
「いろいろと買ったのねえ?」 「そりゃそうよ。 広間じゃあ何も出来ないじゃない。」
 三角愛子は玄関へ走って行くと配達員と一緒に中へ戻ってきた。 「トルソーはこの辺りに二体並べてください。 テーブルはカラーテープを貼ってる辺りに、、、。」
少しずつ道具が搬入されていく。 奥に在る部屋でも控室の準備が進んでいる。
 「最大定員は20人。 でもそこまで入れなくても回せるかもしれないなあ。」 「何で?」
「だってフロアでも5人居れば十分にやれると思うよ。」 「とは言うけど5人が毎日通ってくれるとは限らないでしょう?」
 「それはそうだけどさあ、後は洗濯と仕立てだろう? こちらは4人も居ればいい。」 「それだけの専門家を入れられるんですか?」
「専門家は一人居れば十分だよ。 一番大変なのは仕立てだから。」 「そうよねえ。 切ったり縫ったりするんだもんね。」
 「康子さんは出来る?」 「まあ靴下の穴を塞ぐくらいならやってますけど、、、。」
「それくらいやれたら十分だよ。 うちは企業じゃないんだから。」 「確かにそうだけど、、、。」
「不満ですか?」 「何年か経ったらそこまで、、、。」
 「先の夢を見るより今を大事にしましょう。」 「はあ、、、。」
「ミシンは何処に置きますか?」 「ミシン?」
「そうそう。 これこれ。」 愛子が新品のミシンを指差している。
 「ああ、それはねえ、、、。」 康子が控室の隣の部屋に入っていく。
「ここにこういう風に置いてくれるかなあ?」 「了解。 二台を向き合わせて置くんですね?」
 そのひのうちに形だけは整ったみたい。 舞子は出来上がった部屋を見て大きな責任を感じ始めていた。

 その頃、広報課の方では、、、。 「あのプロジェクトはうまくいくんでしょうか?」
「お前が心配してどうするんだよ? 一応の形は出来たんだ。 経営も民間に任せてある。 就労継続支援の形を取るらしいから後は支援金さえ整えば大丈夫だ。」 「それでも、、、。」
 「心配ならお前が経営すればいいじゃないか。」 「いやいや、そこまでは、、、。」
「結局はお前もそこまでじゃないか。 心配することは無いよ。」
 市に寄せられた提案を考えるように任されたのは吉野広野である。 彼は経営母体を探し回って今日まで走ってきた。
ひまわりネットがプロジェクトを任された時、広野は気が抜けたように倒れてしまった。 まだ25歳の彼は生真面目な青年だったのだ。
 翌日、作業所の玄関に大きな看板が設置された。

 『就労継続支援作業所 ひまわりネット
舞子さんの古着サロン』

 デカデカと掲げられた看板に舞子は赤面してしまった。 「何もここまでやらなくても、、、。」
「いやあ、これくらいやらないと誰だって気付かないよ。」 「そうでしょうか?」
「気恥ずかしいのは最初だけだよ。 悪いことをやってるわけじゃないんだから。」 「それはそうだけど、、、。」
 ここ 山の手町の住宅街の一角、閉店したスーパーを改造して古着サロンはオープンを迎えようとしている。 これまでやく1年。
立案から様々な意見が噴出して頓挫しそうになったことだって何度も有る。 そのたびに役所でも問題にされた。
 そんな荒波を潜り抜けてやっとここまで辿り着いたのだ。 山田はその看板を見上げてこれまでの苦労が報われつつあることを知った。
「さて今日から受け入れ開始だな。 よろしく頼むよ。 舞子さん。」 「そんなプレッシャーを掛けないでよ。」
 「大丈夫。 面接にはぼくも吉田さんも関わるから。」 舞子は控室隣の小さな部屋に入った。
ここは自分たちの休憩室になる部屋である。 六畳くらいの部屋でテーブルとソファーが置いてある。
いい感じで日陰にもなっていてゆったりと休めそうだ。 「落ち着けそうな部屋だなあ。」
 広間はというと古着サロンだけでは使い切れない広さが有る。 そこでもう一つ何かをやろうと考えていた。
「ここにさあアコーディオンカーテンを付けようよ。」 「カーテン?」
「そうそう。 こっちの半分を何かに使おうと思って。」 「それはいいけど何をするの?」
 「ここさ、前は売り場だった所でしょう? 思い切って何かやろうよ。」 「そうだなあ、古着サロンが動き始めたら考えるよ。」
山田は広い空間を見渡して(もったいないな。)と思った。 確かに工夫すれば何かをやれそうだ。
でも今は古着サロンの準備中。 やれることは分かっていても二兎を追うわけにはいかない。

 昼を過ぎた頃、数人のおばあさんが訪ねてきた。 「ここで古着屋さんをやるって聞いたんですけど、、、。」
その声に山田も吉田も玄関へ飛び出した。 「お待ちしてました。 さあどうぞ。」
待ちかねていた人たちがやってきた。 舞子も真子の隣に座った。

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