舞子姉さんの古着屋さん奮闘記
 市のhpに変わったメールが寄せられていた。

 『提案します。』
 何を言いたいのか、何をしたいのか分からないメール。 その下には題目が並んでいる。
『お着換え簡単古着サロン』 『元気いっぱい子供サポート』
『誰でもオッケー 100円喫茶』 『親子で遊ぼう おもちゃステーション』
『山の手 日々の暮らし応援団』 『空き家de地場産業プロジェクト』、、、。
 「いったいこれは何なんだ?」 職員の間では?しか無いメールである。
「こんなメールを見たってどうしたらいいのか分からないよ。」 「差出人に詳細を聴いたらいいんじゃないか?」
 「いや、そこまでの必要は無い。 計画がたくさん有って手が回らないんだから。」
 そうやってメールは半年ほど放置されることになった。 ところが、、、。
「経済課 就労係の宮本です。 お話をしたいのですが、、、。」 企画課にそう言って訪ねていった人が居た。
 「それならこの間、メールを見たよ。 でもあれは市でやるにはちょっとなあ。」 「一度広報でアイデアを募ってみてはどうですか?」
「広報は広報だ。 サークルの機関紙じゃないんだから。」 「サークルとは違うからアイデアも集められるんじゃないですか?」
 「あのなあ、広報にはただでさえ記事がたくさん載ってるんだ。 これ以上載せるわけにはいかんよ。」 「だったらhpでアイデアを募集すればいいじゃないですか。」
「ふつうでさえ見てないようなhpにそんな記事を載せて誰が見るんだ? 誰も見ないよ。」 「見てるからhpで意見が寄せられたわけでしょう?」
 二人の話し合いは平行線のままである。 2時間を費やしても出口は見えなかった。
宮本は一つずつ考えてみた。 「古着屋さんにおもちゃ屋さん、喫茶店に子供の相手、、、。」
 お着換え簡単というのだから持ち込んだ古着と交換できるようにするってことなのかな? それとも?
でもそれだったら更衣室も無いとダメだよなあ。 広い場所が必要になる。
 それにどうやって古着を集めればいいんだ? 業者に頼んでもどうだろう?
まあ、そんな会社は有るかもしれないけど逆に量が多過ぎて捌き切れないかもしれない。
 となると誰かに持ってきてもらう方がいいかも。 でもそれでは今度は持ってきた古着をどうするかが問題だ。
すぐに使える物なら洗って売りに出せばいい。 でもどんな物が持ち込まれるか分からない。
 ボロボロな物だったら? それは多分使えないな。

 仕事の合間に考えてみると案外自分でもたくさんのアイディアを打ち出せることが分かってきた。
それに彼は普段から就労に関係した仕事をしている。 そのおかげか就労継続支援の話もよく聞く。
 古着を扱うんであれば就労継続支援でも大丈夫だよな。 そんな事業所を探せばいい。
七転八倒しながらやっと辿り着いたのがひまわりネットだったってわけだ。 彼はホッとした。
「そんな面白いアイディアが出されてたんですか? 新規の事業を開拓中だったんでやらせてもらいますよ。」 山田は乗り気だった。

 さてさて利用者が集まり始めた頃、舞子はふとしたことに気付いた。 「そういえばさあ、どうやって古着を集めるの?」
「あれ? 舞子ちゃんは聞いてなかったの?」 「何を?」
「半年前から市の広報で募集を募ってるって。」 「えー? そうなの? それにしては来てないじゃない。」
 「大丈夫よ。 今月の終わりには第1便が届くことになってるから。」 「へえ、そうなんだ。」
でもそれからが問題なんだ。 どれくらいの古着が届くのか見当が付かない。
 市の方で受け取ってくれてると言うけれど、それが果たしてどれくらいの量なのか? 舞子は(知人にも声を掛けなきゃ、、、。)って思った。
作業所も徐々に形が見えてきた。 視察に来た宮本は看板を見て思わず笑ってしまった。
 「いいなあ。 この看板。」 「でしょう? 本人は嫌がってるんですけどね。」
「本人?」 「舞子さんですよ 舞子さん。」
「そりゃあ、こんだけデカデカト名前を出されたら嫌がるでしょうねえ。」
 その看板の隅っこには小さく『桜木』と書いてある。 「これは?」
「それはこの店の名前ですよ。」 「そっか。 就労継続支援をやるんですもんね。 うーん、舞子さんの古着サロンか、、、。」
 彼は役所に戻ると企画課の同僚に声を掛けた。 「あの古着サロンを見てきたよ。」
「オー、どうだった?」 「準備はほぼ整ったみたいだよ。」
「そうか。 いよいよ動くんだな? で、名前は何て言うんだ?」 「舞子さんの古着サロンだって。」
 「なぬ? 舞妓さん? 京都から呼ぶのか?」 「おいおい、勘違いするなよ。 舞妓じゃなくて舞子だ。」
宮本は写してきた看板の写真を見せた。 「ああ、確かに舞子だな。」
 利用者登録も増えてきた。 「取り敢えずは5人でスタートする。 空いてる所は順次考えていこう。」
真子は補助金や支援金の最終調整を急いでいる。 「何とか間に合わせないとね、、、。」
 舞妓は康子と一緒に備品を買いに店を巡っている。 「エプロンも何着か要るし、コップや何かも揃えないとねえ。」
「エプロン?」 「そうそう。 洗濯だってするんだから、揃えておいた方がいいわよ。」
「んで、メモ帳とかハンガーとか、、、。」 二人が戻ってきたのは夕方。
 中に入ると山田が控室でコーヒーを飲みながらのんびりしているのが見えた。 「ただいまーーー。 買ってきたわよ。」
「おー、お疲れさん。 たくさん買ったねえ?」 「そりゃあ余裕が出るくらいには買っておかないと何が起きるか分かんないから。」
 「何課音がするけど何やってるの?」 「物は試しに洗濯してるんだよ。」
「洗濯? 山田さんが?」 「何だい、俺が洗濯もしないような顔して、、、。」
「意外だなあ。」 「何だよ、、、。」
 山田はどっか照れくさそうに笑った。 実はこの人、10年前に奥さんを亡くしているんだ。
子供も居ないらしくてここまでずっと仕事に没頭してきたんだそうで、、、。

 舞子はというと三つ年上の旦那と小学生の兄妹が居る。 家に帰ると戦争が始まる。
お兄ちゃんの孝弘は5年生、部屋にカバンを置くと日が沈むまで帰ってこない。 妹のあゆみは3年生で家に帰るとずっとテレビの番をしている。
 夕食はいつも7時過ぎ。 孝弘とはいつも喧嘩している。
「そんなん言うならご飯は無しね。」 「やだやだ。」
「じゃあ言うことを聞きなさいよ。」 「分かったから、、、。」
 親子喧嘩をあゆみはいつもうっとおしそうな眼で見守っている。 「お兄ちゃん いつもこうなんだよなあ。」
「何だよ?」 「お母さん 可哀そう。」
「いいのよ あゆみちゃん。 お母さんは強いんだから。」 「何処が?」
「ぜーーーんぶよ。 ぜーーーんぶ。」 いつもこんな感じ。

 食事を済ませると舞子は風呂の中であれやこれやと考えを巡らせている。 「あの部屋で古着を飾るでしょう? こっちの部屋で選んだ古着を着てもらって、、、。」
問題は残っているあの大きな空間。 何かに使えそうなんだけどビジョンが見えてこない。
まあいいか。
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