エリート外科医の蕩ける治療
泣きたくなる気持ちを抑えながら、仕事をした。お客さんへの接客がきちんと出来ていたか、わからない。一息ついたとき、また一真さんに言われた『しつこい!』という言葉が頭の中をぐるぐるして、胸が張り裂けそうになった。思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

やっぱり私が悪かったんだろうか。
あんな風に聞いてしまって……。

でも一真さんだって、話してくれたらいいのに。
だってやましいことがないなら話せるでしょう?
……だけどやっぱり聞かれたくないことってあるかもしれない。
ああ、でも気になってしまうし。
どうしたらいいんだろう。

考えが堂々巡りして、じわっと涙が浮かんだ。

「――ちゃん? 杏子ちゃーん?」

「えっ? あ、はいっ」

呼ばれていたことに気づき、慌てて立ち上がる。
と――

ゴチッ!

「ったあ〜!」

カウンターにおでこをぶつけて、鈍い音が響いた。

「大丈夫? あーあー、赤くなって」

さらっと前髪を除けられて、心配そうに覗き込む穏やかな顔。佐々木先生だ。

「ごめん、急に声かけたから」

「いえ、私の方こそお騒がせしてすみません」

「お弁当まだ大丈夫?」

「はい、唐揚げ弁当ならあります」

いそいそと用意をする。
そういえば一真さんは唐揚げ好きなんだということを思い出した。私のせいでお弁当を買わずに帰ってしまった。せっかく来てくれたのに、私のせいで……。またぎゅっと胸が苦しくなった。

「どうしたの? 元気ないね?」

「……清島先生に酷いこと言っちゃったかも」

「ケンカでもした?」

「ケンカっていうか、……嫌われちゃったかもしれない」

ああ、やばい、考えただけで涙が出そう。こんなはずじゃなかったのに……。どんどん気分が落ち込む。

「杏子ちゃん、魔法の言葉を教えてあげるよ」

ぱっと顔を上げると、まるでお釈迦様のような神々しく穏やかなオーラを纏った佐々木先生が、人差し指を立ててニコリと微笑む。

「そういうときはね、ごめんなさいって言うんだよ。ごめんなさいは、なるべく早い方が良い。時間が経つと言いづらくなるからね」

「……佐々木先生、お母さんみたい」

「あはは。お兄さんからお母さんに昇格かぁ」

「お釈迦様でもいい」

「さすがにそれは始めて言われたよ」

「今日、清島先生にちゃんと謝ります」

思わず合掌。佐々木先生を拝む。
佐々木先生も一緒になって合掌した。

「素直な子には、魔法のアイテムも教えてしんぜよう。一真はシュークリームが好きだから、シュークリームさえ与えておけば機嫌が良くなるよ」

「いっぱい買って行きます」

「ははっ、がんばれ」

釈迦佐々木……もとい佐々木先生は、爽やかな笑顔とありがたいアドバイスを置いて、ひらひらと手を振って帰って行った。私はその後ろ姿を見送りながら、また手を合わせて拝んだ。
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