エリート外科医の蕩ける治療
「一真さん」

「早いな」

一真さんに会いたいばかりで、どうやら一真さんの帰宅より先に着いてしまっていたらしい。ニコリともしてくれない一真さんに、私の胸はズキッと痛みを感じる。持っている荷物をぎゅっと握りしめた。

少しばかり沈黙が流れる。
頑張れ私。ごめんなさいは、なるべく早い方が良い。そうでしたよね、佐々木先生!

「一真さん、今日はごめんなさい。私、無神経だった。知りたいばっかりで、一真さんの気持ち全然考えてなかった。元彼女のことなんて聞かれたくないよね。よく考えたらそうだなって思って。私だって元彼といい思い出ないし、人に話したくないこといっぱいあるのに。自分の感情押しつけてごめんなさい。……ご飯、作ってきたの。よかったら食べて。あと、これも」

私は持っていた袋を一真さんに手渡す。少しだけ触れた手が、嬉しくて悲しい。触れたいのに、これ以上触れてはいけない気がしてすっと手を離した。

「あ、えと……、じゃあ……」

手持ち無沙汰になって、帰ろうと踵を返す。
だけど一真さんは私の手首をぐっと掴んだ。

目と目が合う。
視線が絡み合う。
ドキドキと心臓が音を立てる。

「……俺の方こそ、ごめん。あんな言い方して」

「……」

「杏子も一緒に食べよ」

一真さんはふっと困ったように眉を下げる。お互いちょっぴりぎこちなくて、でもあんなにも曇っていた心のモヤモヤが少しずつ晴れていくような、そんな気持ち。

一真さんは掴んでいた手首から手を離して、私の手を握り直した。大きくて温かい手に包まれて、強張っていた体が緩まっていく。私もきゅっと握り返すと、一真さんはふっと微笑んでくれる。

よかったと安心する気持ちが、鼻の奥をツンとさせた。ごめんなさいって言葉はすごい魔法だ。
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