エリート外科医の蕩ける治療
泣かせたかったわけじゃない。けれど杏子の涙を見たら、もしかして俺が泣かせてしまったのかもと罪悪感がわいた。別に責めたかったわけじゃないんだ。ただ、そういうからかいが俺は嫌いで、それを何でもないようにごまかして笑う杏子に腹が立って……。

「おい、帰るぞ」

気づけば俺は杏子の腕を掴んで強引に店の外まで引きずり出していた。店内の喧騒から離れ外の空気に触れて、ふと我に返る。

「悪い」

「あ、いえ……」

「泣かせるつもりはなくて……ごめん」

「え? あっ、大丈夫ですよ。こんなの慣れっこですから。こちらこそ泣いちゃってすみませんでした。それに、あんなふうに言ってもらえて嬉しかったというか」

杏子は謝りながら、またヘラっと笑った。逆に気を使わせてしまったようで、またしても罪悪感。

「合コンよく参加するの?」

「そんなには。まあ、誘われたら行くくらいで。私がいると彼女たちは嬉しいみたいだし」

「それって利用されてるってわかってる?」

「もちろん、わかってますよ」

「わかっててなんで行くの? そうやって、自分を犠牲にするのやめなよ」

「犠牲になんて……そ、そう、おいしいご飯食べたいから行くんですよ。あっ! つくね食べ損ねた。あれすごく美味しそうだったのに」

「……悪かったよ」

「あ、いえいえ。また食べればいいだけの話ですし」

「いや、そうじゃなくて……。はあ。じゃあ何か食べてから帰る?」

「お腹すいてるし食べたいのは山々ですけど、さっき一万円払っちゃってお財布すっからかんです」

しょぼくれる杏子は「つくね食べたかった」とか「お金がない」などとブツブツ呟いている。確かに目の前に料理を出されてそれを食べずに店を出てきてしまったから、空腹にお預けをくらっているところだろう。申し訳なさから杏子を誘って、一緒に食事をとることにした。

本当に、ただ食事をして帰るだけだと思っていたのに――
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