エリート外科医の蕩ける治療
『あー……。じゃあ次も考えるけど……』

次ってなんだ、次って。本当にそれでいいのか?
この返事が正しいのか、冷静に判断できない。だって目の前の杏子はいたって真剣なんだから。そして次があることに嬉しそうに笑う。

その無垢な笑顔に、ますます罪悪感がつのった。俺はなんてことをしたのだろうと。謝るなら今だろうかとぐるぐる頭を巡らせていると、杏子は診察代はいくらだと聞いてきた。

……どうしてそうなるんだ?

杏子の思考がよくわからない。本気なのか冗談なのか、これが天然ってやつなのか? ぶつぶつと考え込む彼女の顔は、百面相のようにくるくると変わる。あげくの果てにローンは組めるかと聞いてきた。

いや、本当に、どうしてそうなるんだよ。

あまりにも真剣な顔で聞いてくるものだから、杏子の想像力の豊かさに俺もいい加減笑いがこみ上げてきて、思わず吹き出してしまう。

『二人だけの秘密だ。誰かに漏らしたら、呪いが発動する』

『呪い?!』

『あはは! なんで信じるの?』

『え、嘘? え、何が本当? からかってる?』

杏子とは昨夜出会ったばかり。一緒に飲み屋に行ってラブホで一晩過ごしただけだけれど、なんとなく彼女の人となりが見えてきている。

きっと杏子は素直な性格なんだろうな。だから前の彼氏に「濡れない」って言われて、それを真に受けてずっと気にしてるんだろう。本当はそうじゃないのに。

そんなこんなで曖昧に“次”を約束して帰ってきてしまったわけだ。

これでよかったのか、ずっと自問自答している。杏子には悪いことをしたと思っているが、これは杏子も希望したことなのだ。だからきっと、よかったんだろう……。そうやって、どこか杏子のせいにして、自分を正当化していた。

いつか杏子に謝らないとな……。

気づけばずっと杏子のことを考えていて、あの無垢で可愛らしい笑顔を思い出しては胸がズキッと痛む。いつか連絡をと思いながらも躊躇う気持ちのほうが大きくて、さらには仕事の忙しさにもかまけて、闇雲に日々だけが過ぎていった。
< 24 / 113 >

この作品をシェア

pagetop