エリート外科医の蕩ける治療
不埒な考えが頭の中を侵食していく。先生の引き締まった肉体美、低く甘い声。体の奥のほうがきゅっとなる。って、落ち着け、落ち着け私。何を想像しているの。先生は診察をしてくれるだけであって、決して不埒な考えではなく――

「――おーい、杏子。戻ってこーい」

「はっ! はいっ!」

「くくっ、また何か想像してたな」

「いえっ、決してそんなことではっ!」

「どんなこと?」

ど、どんなことって。言えるわけない。
言えるわけないじゃないですか、先生!

カアアッと顔が赤くなる。マスクをしていてもどうやらそれは伝わったみたいで、「顔真っ赤」と笑われてしまった。くそう、悔しい。

「じゃあ、また――」

と、清島さんが踵を返すときだった。

バタバタバタバタッ!

突如としてバケツをひっくり返したような音が鳴り響く。パラパラと降っていた雨が、大粒の雨となって窓ガラスを叩いていた。

「うわ、降ってきたか」

「先生、傘は?」

「持ってきてない。来るときは小雨だったしな。まあ、走るか」

「待って」

咄嗟にむんずと清島さんの手を掴む。触れてしまったことにドキッとしてまた咄嗟に手を引っ込めたら、清島さんは怪訝な顔をした。

「あ、えっと……。先生、今お昼休みですか? よかったらここで食べてってください。通り雨っぽいし。きっと三十分くらいで止むんじゃないかな?」

「いいのか?」

「いいですよ。どうぞこちらへ。ちょっと散らかってますけど」

カウンターを開けて清島さんを招き入れる。私が普段休憩するために使っている小さなスペースに案内した。

「私はこっちで仕事しますので、何かあったら呼んでください」

「悪いな」

「いえ。早く雨が止むといいですね」

と言いつつ、雨が上がったら清島さんは帰ってしまう。それがなんだかもどかしい。何だろうこの感情は。ずっと引き留めることなんてできないのに。

いやいや、そもそも引き留めるってなんだ。そういうつもりで声をかけたわけじゃないし、私はただ単に雨に濡れないようにと思っただけであって……。
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