エリート外科医の蕩ける治療
そんな考えを払拭したくて、毎日仕事に没頭した。仕事をしていれば杏子のことを考えずに済む。杏子は目的を達成したし、俺も自信はないけどひとまず目的は果たせた。杏子への罪悪感はあるけれど、このまま何も触れずにいたほうが、お互いにとっていいだろう。それが最善策だと思った。

そうやって杏子に会わずに過ごしてきたのに――

「先日の結果ですが、軽い炎症が見られるだけで、他は問題ありませんでしたよ」

「はあ、よかった。何かあるんじゃないかってドキドキしてご飯が喉も通らなかったの」

「普通に食べても問題ないですよ」

「じゃあ今日はお弁当買って帰ろうかしら。先生知ってる? 病院の前のお弁当屋さん」

「え?」

「すっごく美味しいからお勧めよ。店員の杏子ちゃんもいい子なのよぉ」

「そうですか」

「今週は唐揚げキャンペーンやってたから行きたかったの。やっと今日から美味しくご飯が食べられるわ」

「調子に乗って食べ過ぎないようにしてくださいね」

なんていう会話を患者としてしまい、俺の頭の中でいとも簡単に杏子が復活した。あれだけ会わずにいようと考えていたのに、杏子はどうしているだろうかとふと過るのだ。

『だってお医者さんだから、治療ですよね? 次はいつしてくれますか?』

『あー……。じゃあ次も考えるけど……』

『はいっ!』

期待に満ちた眼差しが頭にこびりついている。
杏子はどう思っているんだろう。俺の連絡を待っていたりするのか? いや、まさかな。そんな純粋なわけがないだろう。純粋なわけが……。

急に不安になった。杏子は純粋かもしれない。元カレの言葉を真に受けてずっと悩んでいたくらいなんだから、俺の言葉だって純粋に受け止めているのかもしれない。だとしたら、ずっと待っていることも考えられる。

「いや、まさか……」

散々悩んだあげく、杏子の弁当屋に出向くことにした。行こうと決めたのは自分なのに、まるで俺の心を映し出すかのようなどんよりとした暗い空だ。ただこのモヤモヤを晴らしたかった。杏子が今どう思っているのか、知りたかった。
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