エリート外科医の蕩ける治療
いや、だからどうしてそうなる。杏子とはお終いにするべきだと考えていたはずなのに。

「えっ、杏子ちゃんどこか悪いの? ていうか、一真が主治医? 来たばっかりなのに?」

「あー、えーっと、えへへ、実は前からの知り合いでして……」

杏子が余計なことを言いそうな気がして、くっと目で牽制する。あの日のことは秘密だって言っただろうが。

俺が内心焦っていたことなど杏子は知りもしないのだろう。屈託のない可愛らしい笑顔を俊介に振りまきながら、楽しそうに話している。

それもそのはず、俊介はもうずっと前からこの店の常連なのだ。杏子のことをよく知っているに決まっている。仲が良くたってなにも不思議ではない。

俺はあの日の杏子しか知らない。杏子の主治医という立場でしか、杏子と話ができない。それでよかったはずなのに、ずいぶんともどかしい気がした。どうしてそう思うのか、どうしてこんな感情になるのか自分自身理解できず、ただわけもわからず不機嫌になる。

「おい、行くぞ」

「はいはい。じゃあね、杏子ちゃん、また」

「はーい。ありがとうございました」

院内のカフェテラスで俊介と並んで弁当を食べた。できたてほかほかの幕の内弁当。数種類のおかずが所狭しと詰まっている。唐揚げの横に小さめのつくねが添えられていて、もしかしてあの時食べたつくねを模して作ったのだろうかと想像する。箸でつまんで一口で頬張った。

「……美味い」

あの居酒屋で食べたつくねの味によく似ている。いや、それ以上に美味い気がする。確か美味しい弁当のネタを探していると言っていたか。勉強熱心なんだな、杏子は。

「な、美味いだろ?」

俊介が得意気に笑った。
それがどうにも悔しくて、「俊介が作ったわけじゃないだろ」と、子供っぽい返事をしてしまった。

ああ、自分が嫌になる。
自分の気持ちがわからない。
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