エリート外科医の蕩ける治療
「いらっしゃいま――先生」

エプロンに三角巾にマスク。しっかり顔が隠れているのに驚いているのがわかる。杏子は目をぱちくりさせた。

今週のキャンペーンだという唐揚げのポップに視線をやりながら、唐揚げ弁当を頼む。杏子は丁寧に注文を聞いてから、作業に取り掛かった。その後姿を見ながら、何を杏子に伝えようかと思案する。そういうことを何も考えてこなかった。ただ、杏子に会いたい一心で……。

会いたい……?

「お待たせしました」

考えがまとまらないうちに弁当の準備ができたようだ。差し出された袋を、杏子の手ごと掴んだ。案の定杏子は驚いている。俺も、自分の行動に驚いている。

「……先生?」

「あー、ごめん、杏子。全然連絡しなくて」

「いえ、あの、お忙しいですよね?」

「まあ、そうなんだけど、その……」

「……また診察してくれるんですか?」

ひゅっと息を飲んだ。まさか杏子から『診察』という言葉が出るとは思わなかったからだ。だがそれではっきりした。やはり杏子は純粋に俺の言葉を受け取っていたのだなと。だからなのか、俺も自然と口に出していた。

「診察、しようか」

当たり前だけどこの『診察』は二人だけの秘密の体の関係という意味なのだが、あんなにも杏子に対して罪悪感を持っていたはずなのに、杏子が嬉しそうに返事をするものだから罪悪感が薄れてくる。杏子が俺の連絡を待っていてくれたことに喜びさえ感じてしまう。

そんな杏子は両手で口元を押さえながら、ぼうっとした表情で空を見つめていた。顔が赤らんでいるので、何か想像しているに違いない。

「顔真っ赤」

「はわわわ」

指摘すると杏子は慌てふためいて更に顔を赤くした。この純粋な杏子が俺の本当の企みを知ったらどう思うだろうか。きっと幻滅するだろう。幻滅だけじゃない、杏子に新たなトラウマを植え付けてしまうことになる。自分の浅はかさにまた罪悪感がむくむくと湧き上がってくる。

とりあえず戻ろうと、踵を返したのだが――。
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