エリート外科医の蕩ける治療
バタバタバタバタッ!

バケツをひっくり返したような突然の大雨に足が止まった。

「先生、傘は?」

「持ってきてない。来るときは小雨だったしな。まあ、走るか」

「待って」

ぐっと手を握られて杏子に引き留められた。あの日以来の杏子の手の温もりにドキリとする。だが杏子はハッと顔を曇らせてよそよそしく手を離した。

「あ、えっと……。先生、今お昼休みですか? よかったらここで食べてってください。通り雨っぽいし。きっと三十分くらいで止むんじゃないかな?」

「いいのか?」

「いいですよ。どうぞこちらへ。ちょっと散らかってますけど」

杏子はカウンターを開けて中へ入れてくれた。三畳ほどの小さなスペースは、普段杏子が休憩のために使っているという、小さなローテーブルがあるだけ。テーブルの上には料理本が何冊か積んであった。ところどころ付箋も貼ってある。こういうのを見て弁当のおかずを作ったりしているのだろうか。

購入した唐揚げ弁当をテーブルに広げる。蓋を開けると食欲を誘う美味しそうな香りがふわっと漂った。これはしょうがかにんにくか、俺にはよくわからないけど、とにかく美味しそうだ。

パクリと口に入れると、思った通り美味い。期待を裏切らない杏子の弁当。美味すぎてあっという間に食べてしまった。

休憩スペースから顔を覗かせると、杏子が一人であれこれと作業をしている。考え事をしているのか、ときどき手が止まり首を傾げたり笑ったり、違う意味で忙しそうだ。どうにも微笑ましいし見ていて飽きない。

「……美味しそうだけども!」

「何が美味しそう?」

声をかけるとビクッと肩を震わせてこちらを振り向く。
おいおい、もしかして俺の存在を忘れていたわけじゃないよな。
杏子はバツの悪そうな顔をする。
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