エリート外科医の蕩ける治療
どうこの場を切り抜けようかと頭をフル回転させているときだった。急に腰が引かれ、誰かにコツンとぶつかる。驚いて斜め上を見上げると――

「どうも。杏子のイケメン彼氏です。俺の彼女に何か用でも?」

「せ、先生!」

まごうことなき清島さんが冷ややかなオーラを携えて立っていた。今日の清島さんはネクタイにスーツ。すらりとした体躯によく似合っている。ドキンと心臓が騒ぎ出す。

「え、彼氏? 杏子の?」

「気安く名前を呼ばないでもらえるとありがたいんだが。で、何か用でしたか?」

「あ、えーっと、じゃあ俺はこれで」

清島さんの冷たい視線に射抜かれた元カレは、慌てて自分の部屋へ戻っていった。それを見届けて、ほうっと息を吐く。

「咄嗟に嘘をついたけど、大丈夫だった? なんか困ってたように見えたから」

「あ、はい。ありがとうございました。こちらこそ、話を合わせてもらっちゃって……」

イケメン彼氏がいるだなんて、口からでまかせを聞かれていただなんて恥ずかしい。けれど、それに合わせてくれたおかげで粘着されずに済んだ。ありがたい。

「あの……」

見上げた清島さんとの距離が思ったより近い。そう思った瞬間、腰に添えられていた手がすっと離れ、一歩距離がとられる。それがなんだかよそよそしくて、胸がチクリと痛んだ。別に私は清島さんの恋人ではないのに、嘘でも彼女だって言ってもらえたことが嬉しくて――

って、待って待って。それってまるで私が清島さんのことを好きみたいじゃないか。そんなんじゃない、そんなんじゃないのに。もう、どうしてそういう思考になるの。落ち着け私。本当に、落ち着いて。

清島さんと私の関係。
清島さんは私の主治医、私は患者。
ただそれだけでしょう。

再確認しただけなのに、またしても胸がちくりと痛んだ。もしかして私は清島さんと、それ以上の関係になりたいと思ってる……?
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