エリート外科医の蕩ける治療
理事長に呼ばれ仕事の話をし、夕食の誘いまで受けてしまった。断るのも忍びなく渋々料亭へ赴いた俺に待っていたのは、仕事とは関係のない話だった。

「清島くんには期待しているんだよ。患者からの評判もいいらしいね」

「ありがとうございます。ご期待に応えられるように精進します」

「うんうん、ところで君、独身だろう?」

「はい」

「結婚の予定はあるのかね?」

「いえ、今のところはありませんが」

「そうかそうか、それならうちの娘と見合いしてみないか」

「は……?」

思いもよらない言葉に、一瞬思考が停止した。だが瞬時に理解する。ああ、この食事会は娘を勧めるための席だったんだな、と。まんまと騙されたわけだ。

「ありがたいお話ですが、今は仕事に集中したいので」

「会うだけ会ってみんか。娘も看護師として働いているから、もしかしたら院内で会ったことがあるかもしれんが」

「看護師ですか」

「私はね、君に病院を継いでもらいたいくらいには評価しているつもりだ」

「ありがたいことです」

ははっと、乾いた笑顔を貼り付けて適当に理事長の相手をする。理事長の娘とお見合いなどと、厄介なことこの上ない。そもそも出世や地位に興味はないのだ。俺がその話に飛びつくとでも思っているのか。

適当に話を合わせながら、料理をいただく。つまらない理事長の話とは裏腹に、料理は美味かった。この煮物なんて杏子が食べたら弁当に入れたいなんて言い出すんじゃなかろうか。

ふとしたことで杏子を思い出す。純粋に、杏子に会いたいなと思った。こんなつまらない理事長との食事より、杏子と食事をする方が何倍も楽しい。料理を食べて、杏子だったらなんて言うだろうか、美味しいって笑うだろうか。そんなことばかりを考えていた。

そもそもずっと杏子に会えていないのに。
連絡すらできないヘタレなのに。

それでも杏子に会いたいなんて思うなんて、俺は相当重症かもしれない。
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