エリート外科医の蕩ける治療
この料亭が杏子の実家だと聞き、妙に納得した。どうりで何食べても美味いはずだ。優しい味が、杏子の弁当と似ている。

髪を団子にし着物を着ている杏子は、いつもよりも少しだけ大人っぽく見える。それなのに俺が理事長に呼ばれたと話せば、杏子はお得意の妄想であれこれ想像し、泣きそうな顔になった。

「勝手に想像して勝手に心配かよ。本当、杏子って可愛いよな」

「へっ? かわいっ――!」

とたん、杏子の顔は茹でだこのように赤くなる。そんな反応も微笑ましくて、俺の気持ちも高揚した。この気持ちは何ていうのだろうか。なんとなく、愛おしいに似ている気がする。

「今日仕事何時まで?」

「えっ? えと、二十二時くらいかな?」

「じゃあ、そのあとに、どう?」

「ど、どどどど、どうとは?」

「診察、しようか」

診察なんて言葉を使ったけれど、本当は俺が杏子を抱きたいと思ったから。診察って言えば杏子は了承してくれるんじゃないかと打算が働いたからだ。

卑怯な俺を疑いもせず、杏子は赤い顔のまま嬉しそうに頷いた。

嬉しい。また杏子に触れられる。
けれどまたひとつ、罪が増えた。

俺は今日、己の欲望のまま杏子を抱こうとしている。表向きは杏子の診察だと言いながら、彼女を騙して彼女を俺のものにしようとしているのだ。

いつか謝りたいと思いながらも、やっていることは真逆のこと。これが杏子に知れたらどうなるだろう。俺を疑いもしない純粋な杏子に、新たな傷を負わせてしまうだろう。

だからこれで最後だ。こんな馬鹿げた医者と患者の関係は終わりにしないといけない。

そんな腹黒い想いを知らない杏子は、待ち合わせ場所で何かを拝むように合掌していた。俺が来たのも気づかないほど、「心頭滅却すれば……」なんてことをぶつぶつと呟いている。

「……杏子。なぜ合掌?」

「私は今、修行僧なのです」

……なんでだよ。杏子の意味わからない行動に、完全に緊張が解けた。何ていうか、杏子は杏子なんだなっていう、妙な安心感。
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