エリート外科医の蕩ける治療
「一真ぁ、杏子ちゃんから揚げ物のにおいする?」

私から対角線上に一番遠い男性が、茶化しながら言う。たぶん、冗談で言ってる。他のみんなも「やだー」とか言いながら楽しそうに笑っている。私も、あははっと笑おうと思った。なのに――

「は? お前何言ってんの?」

清島さんは汚いものでも見るように冷たく言い放つ。

「そういう言葉、人を傷つけるってわかんない?」

「え? いや、そういう意味で言ってんじゃないって。冗談に決まってんだろ」

「そうですよ。杏子さんだっていつも笑ってますよ。ねえ?」

「あ、……うん」

頷くのと同時に目からぽろっと何かがこぼれ落ちた。
慌てて目元を押さえ、みんなから顔をそらした。

やばい。なんでだろう。勝手に涙が出ちゃって……止まらなくて……今までこんなことなかったのに。早く……早く止めなくちゃ。変な空気になっちゃう。

「おい、帰るぞ」

「へ?」

清島さんに腕をつかまれて立たされる。すごく微妙な空気の中、慌ててお財布から一万円出して机の上に置いた。気づけば不機嫌な顔をした清島さんにずるずると引きずられるように、外まで連れていかれていた。

この意味のわからない状況に、あっという間に涙が引っ込む。私を掴んでいた清島さんの手がパッと離れた。

「悪い」

「あ、いえ……」

またしても微妙な空気が流れる。合コンメンバーは誰一人追ってこない。そりゃそうか、私と清島さんが帰ったことで、合コンに乗り気なメンバーだけになったんだから。これでよかったのよね。



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