エリート外科医の蕩ける治療
8.新しい一歩を踏み出したい side杏子
ぼんやりと、流れる雲を見る。今日もいい天気だ。店の前の歩道を軽く掃除して、開店準備をする。

「杏子ちゃん、こんにちは」

「あっ、後藤さん、いらっしゃいませ。今日は通院の日ですか?」

常連の後藤さんは定期的に病院に通っていて、診察を受けた日は必ずお弁当を買って行ってくれる。そしておしゃべり好きなのでたくさん話題を落としてくれるのだけど……。

「そうなのよ。いつもの林先生が今日お休みでね、初めて清島先生って新しい先生に診てもらったんだけど、まあーイケメンだったわよ」

「あー、清島先生」

「知ってる? すごく腕がいいって有名なの」

「後藤さん、相変わらず情報持ってますねぇ」

ふふっと笑いつつも、心臓はドキドキと音を立て始める。清島さんの二回目の診察の後から、どうにも意識してしまって困る。だって清島さんったら、あんなことやそんなことまで――

『先生、わたし、もうダメっ』

『うん? もっとしてほしい?』

『やっ、やぁんっ』

『ほら、痛くないお仕置き』

『お、お仕置き?!』

『するって言っただろ?』

『だっ、だめだめっ、またイッちゃうからぁっ』

って、ものすごく乱れたあの日。
ふとした瞬間にぎゅんと思い出されて体が熱くなる。当然、めちゃくちゃ濡れたわけで。そして清島さんが『杏子、締めつけ過ぎ』って苦しそうに呟いた顔も思い出されちゃって。は、恥ずかしい!

だけどそれで実感したんだ。私の体はもう大丈夫なんだって。ちゃんと濡れる体なんだって、感動した。

「――ちゃん、杏子ちゃん聞いてる?」

「へ? あ、はい。うん?」

「だから、清島先生のこと」

「あ、清島先生ね、名医ですよね!」

「やっぱり杏子ちゃんも知ってた? 前の病院から引き抜きされたらしいわよ。名医だから引っ張りだこなのかしらね? 私、林先生から清島先生に変えちゃおうかしら」

「ふふっ、林先生が寂しがっちゃうかも」

「林先生にはやっぱり私がいなきゃダメかしらね?」

後藤さんは冗談混じりにケラケラ笑って、いつも通りお弁当を買って帰って行った。
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