エリート外科医の蕩ける治療
「あら、杏子さん?」

二階に上がったところで声をかけられ振り向く。ナース服に身を包んだ桜子さんが「どうしたんですか?」と寄ってきてくれた。

「外科、探してて」

「外科?」

「うん、清島先生がお弁当買いに来てくれたけど呼び出しがあって戻られたの。だから届けに来たんだけど」

「それでわざわざ? 杏子さんって本当に優しいですよね。でも清島先生、しばらく戻ってこないそうですよ。手術だそうで。私も清島先生に用があって外科に行ってきたんですけど、そう追い返されてしまったんです」

「そうなんだ……」

「ディナーのお誘いをしているのでお返事をもらいに行ったんですけど」

「えっ、ディナー?」

「ええ。父が結婚の話を進めたくて急かしてくるんですよ」

結婚という言葉に、ドキッと心臓が嫌な音を立てた。まるで何かに掴まれているみたいに、胸が苦しくなる。思わずお弁当の袋をぎゅっと握った。

「そうなんだ……。じゃあいらないお世話だったね。帰るね。午後からもお仕事頑張って」

ヒラヒラと手を振って急いで階段を下りる。何だかわからないけれど、泣きたい気持ちになった。ただ、清島さんにお弁当を届けに来ただけなのに。自分がずいぶんと惨めに思えてくる。

『父が結婚の話を進めたくて急かしてくるんですよ』

清島さんは桜子さんと結婚するのに、何で私はお弁当を届けようと思ったんだろう。これじゃまるで、二人の恋路を邪魔してるみたいだ。

だって私は清島さんのこと……。

「……ひゃっ」

「おっと、ごめん。大丈夫?」

考え事をしながら角を曲がったら、佐々木先生にばったり出会った。病院内だからか、白衣を着てネームプレートをつけている。

「どこかぶつけた?」

「あっ、ううん。お医者さんっぽいと思って」

「あはは。杏子ちゃんは知らなかったかと思うけど、実は医師をしておりまして」

佐々木先生が茶化して言う。ああ、なんか似たようなやり取り、清島さんともしたなあなんてちょっと思い出してしまった。
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