エリート外科医の蕩ける治療
10.俺も拗らせていた side一真
俊介が嬉しそうに俺に言った。

「杏子ちゃんと映画に行ったんだ」

「は……?」

思わずロッカーに指を挟んでしまうほど、その言葉を疑った。

「杏子と? なんで?」

「誰も映画付き合ってくれないからさ、ダメもとで杏子ちゃん誘ってみたら、いいよーって。杏子ちゃんって可愛いよな」

「……まあ」

「ははっ、不機嫌そう」

「そんなことはない」

「そんなことあるくせに。そういえば杏子ちゃん体の具合はすっかりよくなったって言ってたな。主治医の清島先生?」

「……患者の個人情報は教えられない」

「お気に入りの間違いだろ?」

「……何が言いたい?」

「いや。ボケボケしてると杏子ちゃん誰かに取られちゃうぞーっていう忠告」

「心に留めておく」

パタンと、今度は指を挟まないようにロッカーを閉じる。今から仕事だというのに俊介のせいで頭の中は杏子でいっぱいになった。

杏子との関係はもう終わったのだ。これ以上何があるというのだ。杏子は自分の意志で俊介と映画に行った。それは杏子が他の誰かとどうにかなるかもしれないということで……。

「ああ、もう……」

「一真?」

「いや、何でもない」

バカみたいに頭の中を支配する杏子。想いを振り切るように一心不乱に仕事をし、昼休みに杏子の弁当屋へ向かった。どうしても不機嫌さが抑えきれなかった。

「いらっしゃいませー。あっ、清島さん」

「……杏子」

名前を呼ばれた杏子はきょとんと首を傾げる。何も疑いもしない、その無垢な瞳を俊介にも向けていたんじゃないだろうな。

杏子は胸ポケットに差していたボールペンを目の前にかざし、じっとこちらを見る。

「何してるんだ」

「ニャン吉と似てるなぁって思って」

「はあ? それより聞きたいことがあるんだが」

「お弁当も買ってくれます?」

「……唐揚げ弁当」

思いのほか不機嫌な声になってしまったが、杏子は「はぁい」と返事をして弁当の準備を始めた。
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