エリート外科医の蕩ける治療
急患の緊急オペが終わったのはそれから三時間後だった。ようやく一息つけると思ったが、弁当も買い損ねたし食堂も終わっている。売店でも行くかと歩き出したところで、看護師に呼び止められた。理事長の娘である、御堂桜子(みどうさくらこ)だ。

「清島先生、お疲れ様です」

「ああ、どうも」

「ディナーのお誘いの話なんですけど、今夜お付き合いいただけますか? 父からも話があると」

「理事長から話があるなら今から聞いてくるけど」

「いえ、私も一緒に。なのでぜひお付き合いください。あの話を進めたいと……」

あの話とは、結婚のことか。以前に理事長に呼び出され、娘と見合いをしないかと言われていた。理事長は俺のことを評価してくれていて、この病院に引き抜いてくれたのも理事長だ。俺にこの病院を継いでほしいとまで言われている。当然俺はその話に興味はない。

「あー、悪いけど弁当屋に弁当忘れてきたから、夜はそれ食べるよ」

「お弁当なら少し前に杏子さんが持ってきてくださいましたけど、帰られましたよ」

「え? 杏子が?」

「ディナーの予定があると伝えたら、いらないお世話だったって。清島先生は私と結婚するのは嫌ですか?」

この御堂桜子は、暇さえあれば俺に声をかけてくる。杏子の弁当を差し入れされたこともあった。しつこく付きまとうわけではないが、アピールは激しい。あの手この手で断っているけれど、どうにも諦めてくれない。同僚からは羨ましがられるが、興味のないこちらとしてはありがた迷惑である。本人からははっきり、俺のことを知りたいのだと言われているのだが。

「……君はそれでいいわけ?」

「残念ながら私の意思はないんです。父が絶対なので。だから私は清島先生のことをちゃんと知りたいと思っています。ちゃんと知って好きになりたいんです」

御堂桜子の中で俺と結婚することは決定事項らしい。結婚するからには好きになりたいなどと、案外真面目な性格のようだ。その素直さは少しばかり杏子に似ている気がする。

「悪いけど、俺は君と結婚する気はない」

「お断りされるのですか? 出世の道が閉ざされるかもしれませんよ?」

「俺は別に出世のために医師をやっているわけじゃないんだ。それに好きな人がいるし。君も、ちゃんと好きな人と結婚した方が幸せになれると思うよ」

まるで自分の恋愛が上手くいってるかの様な上から目線の言葉。滑稽なことこの上ないけれど、御堂桜子はじっと何かを考えるように押し黙ってから、「わかりました」とトボトボ引き下がっていった。
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