エリート外科医の蕩ける治療
「……なんで?」

「だって、告白されて、病気持ちだから付き合えないって断ったんでしょう?」

「あー……」

思わず手で口元を覆う。そういえばそんなこともあった。あまりにもしつこくて、面倒くさくなって病気だからと逃げたんだった。

俺はほっと息を吐く。杏子の疑問がそれでよかったと安堵すると共に、杏子を騙していることへの罪悪感でズキッと胸が痛んだ。

「それは告白を断る口実だよ」

「ほんとに? ほんとに大丈夫? 一真さん、胃が悪いんじゃないよね?」

「……なんで胃?」

「だって全然食べないし、昼間も胃を押さえてたから」

「あー……」

確かに、昼間は食べ過ぎた感で無意識に胃の辺りをさすっていたかもしれない。今も大して箸もつけず、ずっと杏子を見ていた。それを杏子は心配してくれているようだ。

「ごめん、それは杏子が食べる姿が可愛くて、自分が食べるより見ていたかっただけなんだ。昼間はちょっと食べ過ぎたなーと思って。ただ、それだけだよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「でも私は一緒に食べたいです」

「ごめんごめん、じゃあデザート一緒に食べよう。限定のカタラーナ買ってたよな」

俺は冷蔵庫を開ける。今日買った食材がきちっと整頓されて、普段スカスカの冷蔵庫が今はパンパンに詰まっている。すべて杏子の戦利品だ。冷蔵庫まで杏子に侵食されてきた。なんか、いいな、こういうの。

「一真さんって甘いもの好きですよね」

「そうだな。でも杏子より好きなものはないよ」

「それって、私のこと? それとも小豆のこと?」

「杏子のこと」

「それってどっち――んむっ」

ちゅっと唇を寄せる。どっちなんて、杏子に決まってるだろう。唇を離すと、杏子が俺の首に手を回してぎゅうっとしがみついてくる。

「もっと好きになってほしい」

「杏子を知れば知るほど、好きになってる」

「私も、一真さん大好き」

なんだこれ。
カタラーナより甘い。
カタラーナの存在が一瞬で霞んだ。
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