推しキャラへの愛を語る私に、幼馴染の王子様は甘すぎる件~オタク女子、現実の溺愛に戸惑い中~
第十話∶細やかな贈り物
〇 駅前・カフェ(夕方)
夕焼け色の光が、カフェの窓ガラスをオレンジ色に染め上げている。彗の真剣な眼差しが、雫の心を深く捉えて離さない。「あのね、雫…実は…」という言葉の後に続く言葉を、雫は固唾をのんで待っていた。カフェの騒音は遠く、二人の間には、夕暮れの静けさだけが漂っているかのようだ。
彗は、少し躊躇するように視線を彷徨わせた後、再び雫の瞳を見つめた。
彗:「実は…生徒会で、少し問題が起きていて…」
雫は、思いがけない言葉に、ほんの少し拍子抜けした。あの時の電話の険しい表情は、生徒会のことだったのか…?
雫:「生徒会で…問題…? 大丈夫なの?」
心配そうな雫の声に、彗は少し苦笑いを浮かべた。
彗:「まあ、僕がどうこうできる問題じゃないんだけど…。生徒会長が、少し強引なやり方をしていて、他のメンバーと意見が対立しているみたいなんだ。」
彗の話を聞きながら、雫の頭の中には、長い黒髪の生徒会書記、白石ユキの姿が浮かんできた。冷たい印象の彼女が、生徒会の問題に深く関わっているのだろうか…?
雫:「それで…彗は、何か巻き込まれたりしているの?」
彗は、そっとコーヒーカップを持ち上げ、一口そっと啜った。
彗:「直接的にではないんだけど…。会長と他のメンバー、両方から相談を受けて、少し板挟みになっているんだ。どちらの言い分もわかるから、どうすればいいか悩んでいて…」
彗の不安な表情を見て、雫は、人気者でいつも周囲を笑顔にしている彗にも、このように悩みを抱えることがあるのだと、改めて気づかされた。
雫の心の声:(彗も…色々大変なんだ…。いつも明るく振る舞っているけれど、隠された苦労もあるんだ…)
その時、雫の妄想の中に現れたのは、生徒会長という絶対的な権力を持つ、冷たい眼差しの少女だった。長いまつげの奥に隠された野心が燃えているような、計算高い雰囲気の少女。彼女が、生徒会の問題の中心人物なのだろうか…?
雫は、自分のアイスティーを一口飲んだ。冷たい感触が、少し熱くなった頭を冷やしてくれる。
雫:「彗は、どうしたいの? どちらの味方をするとかじゃなくて…彗自身は、どうするのが一番いいと思っているの?」
雫の言葉は、直接彗の心の奥底に響いたようだ。彗は、少し驚いたように瞳を見開き、そして、深く考え込むように俯いた。
彗:「僕自身は…そうだね…。みんなが納得できるような、穏やかな解決ができれば一番いいと思っているんだけど…。でも、会長の考えは、なかなか変わらないみたいで…」
彗の声は、少し疲れているように聞こえた。
雫は、テーブルの上にそっと自分の手を重ねた。
雫:「もし、私にできることがあったら、遠慮なく言ってね。微力かもしれないけど…少しでも、彗の力になれたら嬉しいな…」
雫の真剣な眼差しに、彗は顔を上げ、優しい笑顔を向けた。
彗:「ありがとう、雫。そう言ってくれるだけで、すごく心強いよ。」
カフェの窓の外は、すでにすっかり夕暮れの帳が下り、街の灯りがきらきらと輝き始めている。店内の騒音も、少しずつ大きくなってきたようだ。
彗は、少し落ち着いた様子で、再び口を開いた。
彗:「実はね、今日、雫に会いたかったのは、生徒会のことだけじゃなくて…」
彗の言葉に、雫の心臓が再びドキッと跳ね上がった。今度こそ、あの日の電話のことだろうか? それとも…?
彗は、少し照れたように髪を掻き上げ、そして、意を決したように雫を見つめた。
彗:「あの…前に話した、僕の好きな場所…あの場所が、僕にとって、どれだけ大切な場所なのか、雫にただ知ってほしかったんだ。」
雫は、思いがけない言葉に、目を瞬かせた。
彗:「あそこは、僕が子供の頃から、一人で色々なことを考えたり、穏やかな気持ちになれたりする、特別な場所なんだ。誰にも邪魔されずに、素の自分でいられる場所…」
彗の言葉を聞きながら、雫は、あの夕暮れの秘密基地の光景を思い出していた。古びたブランコに二人で座り、夕焼け空を眺めた、静かで温かい時間。
彗:「あの場所に、雫と一緒にいられたことが、僕にとって、すごく嬉しかったんだ。誰かと一緒に、あんな風に穏やかな時間を過ごせたのは、初めてだったから…」
彗の真剣な眼差しと、少し赤くなった頬を見て、雫の胸の奥に、温かい何かがじんわりと広がっていくのを感じた。
雫の心の声:(彗にとって…あの場所は、そんなに大切な場所だったんだ…。そして…私と一緒にいられたことが、そんなに嬉しかったなんて…)
カフェの温かい光の中で、二人の間の距離が、ほんの少しだけ近づいたような気がした。生徒会の問題という思いがけない話題から始まった今日の会話は、二つの心の奥深くにある、大切な感情へとゆっくりと触れ始めていた。
その時、彗は、ポケットから小さな折り紙を取り出した。丁寧に折られたそれは、小さな星の形をしていた。
彗:「これ…よかったら、受け取ってくれるかな?」
少し照れくさそうに、彗は星の折り紙を雫の前にそっと差し出した。
雫は、思いがけないプレゼントに、目を丸くした。
雫:「これ…?」
彗:「うん。小さい頃、あそこでよく折ったんだ。僕にとって、思い出の品…」
雫は、そっと星の折り紙を受け取った。指先でそっと撫でると、少し温かい感触が伝わってくる。
雫:「ありがとう…大切にするね。」
夜のカフェの騒音の中で、二人は優しい微笑みを交わし合った。小さな星の折り紙は、二つの心を結ぶ、温かい象徴のように、雫の手の中で静かに輝いていた。物語は、不安を乗り越え、温かい希望の光へと、確かに歩みを進めている。
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