キミが見えるその日まで

第三話

〇移動教室へ向かう途中の廊下・翌日
ゆつぎ、紬希が並んで歩いている。
紬希「もう夏目先輩めちゃくちゃかっこいいよね!私の分までお昼買っておいてくれるとかイケメンすぎる…!」
興奮気味に話してくる紬希。
紬希「で、何の話だったの?もしかして告白!?」
ゆつぎ「違うよ!一緒にお昼食べただけ」
紬希「えーそれだけ?ラブコメ展開を期待してたのに」少しつまんなそうに口をとがらせる。
ゆつぎ「もう紬希ちゃんてば、からかわないでよ…」
困ったような顔に、ごめんごめんと笑う紬希。
そのとき廊下で他学年の生徒とすれ違う。
生徒1「ねぇ、今のがよく律先輩と一緒にいる一年の子だよね?」
生徒2「え、あれが彼女?まさかぁ!」
生徒3「新入生に手ぇ出してるってほんとかな〜」
そんな言葉に胸がチクチクと痛む。
紬希「何よ今の!すれ違いざまにわざと聞こえるような言い方して!」
振り返ってにらみつける紬希。正義感が強い。
ゆつぎ「いいよ紬希ちゃん!早く行かないと授業始まっちゃう」
ゆつぎ(私はいいけど、このままじゃ律くんにまで迷惑かけることになっちゃいそう…)
思い悩むゆつぎ。

〇教室・昼休み
スマートフォンに律からメッセージが。※連絡先交換を強制的にさせられた一コマを挿入。
『悪い、今日は用事があるから帰り送っていけない』
律からのメッセージに一瞬ドキリとする。
ゆつぎ(でもよかった…これであの視線に晒されることも、変な噂が立つこともない)少しホッとする。
紬希「どうしたのゆつぎ、浮かない顔して」
ゆつぎ「え?ううん、なんでもないよ!」
ゆつぎ(でも、どうしてちょっと寂しんだろう私…)
小さくため息。勝手だな、と自分に呆れつつ『大丈夫、一人で帰れるから』と返信する。

〇図書室・放課後
誰もいない静かな図書室。
本を読もうとするも内容が頭に入ってこない。
ゆつぎ(気分転換でもしようかな)
立ち上がって窓のほうへと近づくと、グラウンドから運動部の練習中の声。
ゆっくり窓を開けると風で髪がなびく。
練習をしている光景を眺めるゆつぎ。
ゆつぎ(今練習してるのは、サッカー部と陸上部かな?)
そのとき400m走の練習をしている部員が目に入る。
グラウンドの周りにはギャラリーもいるようで、女子生徒の黄色い声援がすごい。
ゆつぎ(わぁ、あの人すごく速い…!)
陸上部の監督から「夏目ー!コーナーの後から上げていけ!」とゲキを飛ばす声。
ゆつぎ(え、夏目ってことは…今走っているのって律くん…?)
ゴールの瞬間に目を奪われる。
ゆつぎ(そうだ、律くんは昔から足が速かったっけ)
【『用事があるから送っていけない』っていうのは、部活のこと?でも、それならどうして教えてくれなかったの?】
無意識に窓枠をぎゅっと掴む。
心の中にモヤモヤが広がっていくゆつぎ。
スマートフォンを取り出してメッセージを打つ。
『校門前で待ってます』

〇校門前・部活終了後
日が傾きかけている。
部活を終えて帰る生徒たちの背中を目で追うゆつぎ。
律を待つ間、きょろきょろと周囲を見渡す。
【私には律くんの『顔』が分からない。誰かがこっちに来ても通り過ぎても、彼なのかどうか確信が持てない…】
律「……おまたせ」
その声で、すっと全身に安心が広がった。
制服の襟元を少しゆるめて、額にはうっすら汗がにじんでいる。
ゆつぎ(急いで来てくれたのかな…)
ゆつぎ「ううん。部活お疲れ様」
律は少しだけ照れたように微笑んでから頷いた。
律「もしかして、練習見てた?」
ゆつぎ「うん、図書室から見えたの」
目を伏せる律。
ゆつぎ「中学も陸上部だったよね?部活のこと言ってくれたらよかったのに、どうして用事があるなんて…」
一瞬、言葉を選んでいるような間が流れる。
律「…正直言い出しにくかった。この前、今もあんまり運動はできないって聞いたから余計に」
思いがけない理由に驚くゆつぎ。
ゆつぎ「ありがとう。でも……気を使わせちゃってごめんね?」
律「いや、俺のほうこそ隠してたみたいで悪い」
申し訳なさそうに謝る律に、ゆつぎは首を振る。
ゆつぎ「本当にかっこよかったよ。走ってる姿」
少し勇気を出してそう言ってみる。すると律が少しだけ目を見開く。
律「…小学生のときも同じことをゆつぎに言われた。『足の速い律くん、かっこいい』って」
その言葉にぱちぱちと目を瞬くゆつぎ。
※小学校の運動会で一番でゴールテープを切った律に『かっこいい!』と笑顔で言うコマを挿入。
 →律の記憶として。
律「今でも覚えてる……その一言で俺はずっと陸上を続けてるんだと思う」
校門前から見えるグラウンドを眺めながら律が言葉を続ける。
夕陽に照らされた瞳。
どこか遠い昔を見ているような表情。
律「だから、ゆつぎにそう言ってもらえるのが一番うれしい」
風がふわりと吹いて律の前髪が揺れた。
目を奪われるゆつぎ。
ゆつぎ(そんなこと言うなんてずるいよ)顔を赤らめる。
律「明日からは、部活が終わるまで待っててくれる?」
律の声に我に返る。
柔らかな笑顔で、どこか本気の色を宿した瞳で見つめてくる。
思わずうつむいて、少しだけ間を置いて言った。
ゆつぎ「でも、これ以上変な噂が立つのも申し訳ないっていうか……」
律「変な噂?」
ゆつぎ「……私たちが付き合ってるとか、そういうの」ぎゅっと手を握る。
律は静かに一歩踏み出す。
律「別に他のやつにどう思われたっていい」
顔を上げると目の前に立っていて、夕陽に包まれたその姿に言葉を失う。
律「でも、お前が見てくれなかったら俺がここにいる意味はなくなるから」
その言葉に心臓が跳ねる。
律「他の誰にも見えてなくていい。でもゆつぎだけには、俺のことちゃんと見えていてほしいし、見ていてほしい」
その言葉の重さに胸が苦しくなり、目線をさまよわせる。
ゆつぎ(律くん…)
意を決したように、もう一度顔を上げて律の顔を見つめる。
【やっぱりまだ分からないけれど…でも、その声もまとう空気も――その想いは間違いなく『律くん』そのものだった】
ゆつぎ「……うん」
目を逸らさずに小さく頷くと、律がそっと口角を上げる。
その一瞬の笑顔が、意味だとは違う心からの笑顔。
ゆつぎ(頷くことしかできなかったけれど、律くんには私の気持ちが伝わったような気がした)

< 3 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop