キミが見えるその日まで
第四話
〇教室・登校時間
入学して一ヶ月。
律「じゃあな。今日は部活休みだから図書室で待ってろよ?」
ゆつぎ「うん、分かった」
ゆつぎと律の登校風景。
最初は騒がれたものの、最近では日常の光景となって何も言われなくなっている。
ゆつぎ(律くんと一緒に登校するの、最初はあんなに緊張してたのにな)
紬希「いいなぁ〜夏目先輩と幼なじみなんてほんと羨ましすぎる!前世でどんな徳積んだの?!」※第二話でパンをもらった日からすっかり律のファンになっている。
ゆつぎ「そんな大げさだよ」困ったように笑う
相原「何だよ、紬希まで夏目先輩のファンなわけ?」気が気じゃない様子で話に入ってくる。
※相原悠馬:クラスのムードメーカー的存在で、紬希と幼なじみ。実は紬希に片想い中だが気づかれてない。
紬希「だって憧れるじゃん。あ、ゆつぎ心配しないでね?好きとか付き合いたいとかじゃないからさ!」
その言葉に相原のほうがホッとする。
ゆつぎ(あれ、もしかして相原くんって紬希ちゃんのこと…?)何となく勘づき始めるゆつぎ。
相原「確かにめちゃくちゃかっこいいよなぁ、特に走ってるときの背中とか男の俺でも惚れるって感じ」うんうんと頷く。
紬希「え、悠馬がそんなにリスペクトしてるなんて初耳なんだけど?」
相原「いやマジで!スタートライン立った瞬間に空気が変わるっていうか。コーナリングも完璧だしさぁ」
憧れの眼差しを浮かべる相原。
ゆつぎ「相原くんも陸上部なんだ?」
相原「そう、俺は5000mで長距離専門だけど」
ゆつぎ「それもすごいよ!体力がないとできないもん」
ゆつぎに笑みを向けられ、そう?と得意げに笑う相原。
紬希「でも短距離は遅いけどね〜」
横から紬希がニヤッと笑いながらつっこむ。
相原「俺は持久力派なのっ!紬希も一回くらい俺の練習見に来いよ」
紬希「うーん、夏目先輩が見られるなら行こうかなぁ?」
相原「おいっ!」
二人の軽いやりとりを聞きながら(やっぱり…)と相原の片想いを確信するゆつぎ。
紬希「あーあ、私も夏目先輩みたいなかっこいい幼なじみが欲しかったなぁ」
そのひと言に、ガクッと肩を落とす相原。
ゆつぎ「ちょっと紬希ちゃんってば!」
紬希「え、なに〜?」
悪気なくきょとんとする紬希に対して、遠くを見つめるような目をする相原。
ゆつぎ(……これはやっぱり)
ゆつぎの視線に気づいた相原。
相原「いーんだよ。言ったじゃん、俺持久力には自信あるからさ?」
諦めたように溜息をついてから、ニカッと笑ってみせる。
紬希「ん?悠馬何か言った?」
相原「なんでもありませーん」
ゆつぎ(何だか応援したくなっちゃうな…)
小さく微笑むゆつぎ。
〇ホームルーム
担任「今日は二週間後の球技大会の参加種目を決める。全員最低一種目は参加するように」
黒板にはバスケットボール、バレーボール、ハンドボール、テニスといった種目が次々に書かれていく。
ゆつぎ(球技大会か…)
みんながそわそわと盛り上がる中、担任がふとゆつぎを見た。
担任「一ノ瀬には当日記録係と進行のサポートを頼む。問題ないな?」
ゆつぎ「はい、分かりました」
教室のざわめきが少しだけ静まりかえる。
ゆつぎ(…仕方ないよね)
【リハビリは終わったけれど激しい運動は主治医から止められている。球技大会への参加は無理だと分かっていた】
みんなが参加種目を決めていく中で、肘をつきながらノートを開く。
ゆつぎ(記録係も大切な仕事だけど、それ以外にもみんなをサポートできることってないかな?)
【中学は校則が厳しくて、行事も決められた範囲でしか関わることができなかった。でも高校だったら少しは自由が利くかもしれない…】
ペンを走らせるゆつぎ。ノートには「お守りを作る?」「応援グッズ?」と箇条書き。
ゆつぎ(鳴り物系は迷惑になっちゃいそうだし…)
ハッと、一つのアイデアが浮かぶ。
ゆつぎ(……音楽は?)(自分たちが盛り上がれる曲が流れたら、それだけで楽しくなるかも?)
※アイデアをまとめて、説明資料を作る絵。
〇職員室・昼休み(数日後)
学年主任に相談に行く。※学年主任→球技大会の統括担当
ゆつぎ「球技大会の応援で相談したいことがありまして…」※緊張しながらもアイデアをまとめた書類を見せて説明する絵。
学年主任「つまり、試合の入場やBGMでクラスごとの応援曲を流したいってことか?」
ゆつぎ「はい、そしたらみんなもっと盛り上がるんじゃないかなって……」
神妙な顔から一転、笑って書類から顔を上げる。
学年主任「クラスごとの応援プレイリストか。前例はないけど……いいじゃないか。一度放送部に相談してみなさい」
ゆつぎ「本当ですか!?ありがとうございます!」ぱぁっと笑顔になる。
学年主任「あぁ、やってみろ」
ゆつぎ、深くお辞儀をする。
〇放送室
放送部の男女数人の先輩たちに向けてアイデアを説明。
話が終わると、先輩たちが顔を見合わせる。
先輩1「へぇプレイリストか、いいね楽しそう」
先輩2「当日はグラウンドと体育館の二ヵ所が会場になるから、機材が必要になるね」
先輩3「それなら顧問に頼んで貸してもらおうよ!」
先輩1「せっかくなら全学年に通知しない?曲数絞れば全クラス分流せるでしょ」
ゆつぎ「よろしくお願いします!」(やった、これなら実現できそう!)
緊張していた胸の奥が軽くなり笑顔になる。
〇ホームルーム・球技大会一週間前
「ということで、クラスごとのプレイリストを作って当日は順番に流してもらえることになりました。みなさんの流してほしい曲のアンケートを取りたいと思うので記入をお願いします」
前に立って緊張しながら説明するゆつぎ。
クラスメイト1「え、それめっちゃよくない!?」
クラスメイト2「私あの曲入れてほしい!」
クラスメイト3「絶対テンション上がるよね!」
あっという間に教室の空気が明るくなり、クラスメイトが自然に言葉をかけてくれる。
相原「すげえな、学年主任に提案しちゃうなんてさ」
紬希「うん、すごい行動力!」
ゆつぎは目を丸くしたあと、ふわっと笑う。
ゆつぎ(みんなが喜んでくれて嬉しい…!)
〇家の玄関・球技大会前日(日曜日)
家の玄関に入ると、見慣れない男物のスニーカーが。
ゆつぎ(誰だろう?お客さん?)
「ただいまー」とリビングを覗くも誰もいない。
ゆつぎ(え?誰もいない…?)
不思議に思いながらトントンと階段を上る。
〇ゆつぎの自室
ガチャとドアを開けて、目の前の光景に固まる。
律がゆつぎの部屋に座っている。
律「……よう」ややバツが悪そうな表情。
ゆつぎ(ど、どういうこと……!?!?)
律「悪いな、勝手に入ってて」
ゆつぎ(この声は、律くん…だけどなんで!?)
ゆつぎ「ど、どうして…!? 来るなら言ってくれたら」
律「帰り道でお前の母さんに偶然会って、そのまま連れてこられた」
〇律の回想
(帰宅途中の律、偶然買い物帰りのゆつぎ母と遭遇)
ゆつぎ母「ちょっと寄っていかない?」
律「いや、でも…」戸惑う律
ゆつぎ母「もうすぐゆつぎも帰ってくると思うし部屋で待っててあげて?子どもの頃よく遊びに来てたわよね〜」
ゆつぎ母の勢いと押し負け、断りきれずに玄関へ。
〇律の回想終了
ゆつぎ「あれ、そういえばお母さんは?」
律「なんか回覧板届けに行くって留守番頼まれた」※よろしくね〜と玄関を出ていくゆつぎ母のコマ。
ゆつぎ(もうお母さんってば何してるの〜?!)
ゆつぎ「とりあえず何か飲み物取ってくるね!」
慌てて部屋を出て階段を降りる。
〇キッチン
グラスにお茶を入れながらも動揺がおさまらない。
ゆつぎ(何この展開!?いきなり部屋に二人きりって…!)
顔を赤らめて大きく息をつく。
※子どもの頃部屋で遊んだコマ。
ゆつぎ(確かに昔はそうだったけど、もうあの頃とは何もかも違うのに…)
〇ふたたび自室
ゆつぎ「おまたせ、麦茶でいい?」
律「悪いな、サンキュ」
ローテーブルにグラスを置く。
その場に座ると、律が距離を取るように移動する。
え?と不思議に思うゆつぎ。
律は黙ったままグラスに口をつける。
ゆつぎ「あの…どうしたの?」
ゆつぎが尋ねると、律は少しだけ視線を外す。
律「お前にとって、俺の顔って『誰か分からない男の顔』なんだろ。それなら、密室であんま近づいたら怖いかと思って」
ハッとするゆつぎ。
ゆつぎ(そんなふうに思わせてたんだ私…)
【そうだ、律くんはそういう人だった。さりげなくそういう気遣いができる人。私に合わせてゆっくり歩いたり、部活のことを黙ってたり、他にもいろいろ】
ゆつぎ「……あのね。確かに顔は分からないんだけど、でも律くんは怖くないよ」
まっすぐに伝える。律は少し驚いたような顔。
律「それなら――もう少し近づいてもいい?」
返事を待たず、距離が近づく。
そっとゆつぎの手を取る。
ゆつぎ「律くん…?」
律「こうしてたら少しは俺だって分かる?」
ゆつぎ(律くんの声と、律くんの手だ…)
ゆつぎ「うん、不思議だね。こうしてると律くんだって分かる」
少し照れながらも頷く。
律がふっと目を細めて笑った。
律「やっぱり、記憶と触覚ってつながってんのかもな」
ゆつぎ「え?」
顔を上げるとちょっとニヤリとした律の顔。
律「ゆつぎの手が俺の手を覚えてる。そういうの、ちょっといいなって」
少し意地悪な笑みを浮かべる。
律「もっと試してみる?」
そのままラグの上に押し倒される体勢に。
入学して一ヶ月。
律「じゃあな。今日は部活休みだから図書室で待ってろよ?」
ゆつぎ「うん、分かった」
ゆつぎと律の登校風景。
最初は騒がれたものの、最近では日常の光景となって何も言われなくなっている。
ゆつぎ(律くんと一緒に登校するの、最初はあんなに緊張してたのにな)
紬希「いいなぁ〜夏目先輩と幼なじみなんてほんと羨ましすぎる!前世でどんな徳積んだの?!」※第二話でパンをもらった日からすっかり律のファンになっている。
ゆつぎ「そんな大げさだよ」困ったように笑う
相原「何だよ、紬希まで夏目先輩のファンなわけ?」気が気じゃない様子で話に入ってくる。
※相原悠馬:クラスのムードメーカー的存在で、紬希と幼なじみ。実は紬希に片想い中だが気づかれてない。
紬希「だって憧れるじゃん。あ、ゆつぎ心配しないでね?好きとか付き合いたいとかじゃないからさ!」
その言葉に相原のほうがホッとする。
ゆつぎ(あれ、もしかして相原くんって紬希ちゃんのこと…?)何となく勘づき始めるゆつぎ。
相原「確かにめちゃくちゃかっこいいよなぁ、特に走ってるときの背中とか男の俺でも惚れるって感じ」うんうんと頷く。
紬希「え、悠馬がそんなにリスペクトしてるなんて初耳なんだけど?」
相原「いやマジで!スタートライン立った瞬間に空気が変わるっていうか。コーナリングも完璧だしさぁ」
憧れの眼差しを浮かべる相原。
ゆつぎ「相原くんも陸上部なんだ?」
相原「そう、俺は5000mで長距離専門だけど」
ゆつぎ「それもすごいよ!体力がないとできないもん」
ゆつぎに笑みを向けられ、そう?と得意げに笑う相原。
紬希「でも短距離は遅いけどね〜」
横から紬希がニヤッと笑いながらつっこむ。
相原「俺は持久力派なのっ!紬希も一回くらい俺の練習見に来いよ」
紬希「うーん、夏目先輩が見られるなら行こうかなぁ?」
相原「おいっ!」
二人の軽いやりとりを聞きながら(やっぱり…)と相原の片想いを確信するゆつぎ。
紬希「あーあ、私も夏目先輩みたいなかっこいい幼なじみが欲しかったなぁ」
そのひと言に、ガクッと肩を落とす相原。
ゆつぎ「ちょっと紬希ちゃんってば!」
紬希「え、なに〜?」
悪気なくきょとんとする紬希に対して、遠くを見つめるような目をする相原。
ゆつぎ(……これはやっぱり)
ゆつぎの視線に気づいた相原。
相原「いーんだよ。言ったじゃん、俺持久力には自信あるからさ?」
諦めたように溜息をついてから、ニカッと笑ってみせる。
紬希「ん?悠馬何か言った?」
相原「なんでもありませーん」
ゆつぎ(何だか応援したくなっちゃうな…)
小さく微笑むゆつぎ。
〇ホームルーム
担任「今日は二週間後の球技大会の参加種目を決める。全員最低一種目は参加するように」
黒板にはバスケットボール、バレーボール、ハンドボール、テニスといった種目が次々に書かれていく。
ゆつぎ(球技大会か…)
みんながそわそわと盛り上がる中、担任がふとゆつぎを見た。
担任「一ノ瀬には当日記録係と進行のサポートを頼む。問題ないな?」
ゆつぎ「はい、分かりました」
教室のざわめきが少しだけ静まりかえる。
ゆつぎ(…仕方ないよね)
【リハビリは終わったけれど激しい運動は主治医から止められている。球技大会への参加は無理だと分かっていた】
みんなが参加種目を決めていく中で、肘をつきながらノートを開く。
ゆつぎ(記録係も大切な仕事だけど、それ以外にもみんなをサポートできることってないかな?)
【中学は校則が厳しくて、行事も決められた範囲でしか関わることができなかった。でも高校だったら少しは自由が利くかもしれない…】
ペンを走らせるゆつぎ。ノートには「お守りを作る?」「応援グッズ?」と箇条書き。
ゆつぎ(鳴り物系は迷惑になっちゃいそうだし…)
ハッと、一つのアイデアが浮かぶ。
ゆつぎ(……音楽は?)(自分たちが盛り上がれる曲が流れたら、それだけで楽しくなるかも?)
※アイデアをまとめて、説明資料を作る絵。
〇職員室・昼休み(数日後)
学年主任に相談に行く。※学年主任→球技大会の統括担当
ゆつぎ「球技大会の応援で相談したいことがありまして…」※緊張しながらもアイデアをまとめた書類を見せて説明する絵。
学年主任「つまり、試合の入場やBGMでクラスごとの応援曲を流したいってことか?」
ゆつぎ「はい、そしたらみんなもっと盛り上がるんじゃないかなって……」
神妙な顔から一転、笑って書類から顔を上げる。
学年主任「クラスごとの応援プレイリストか。前例はないけど……いいじゃないか。一度放送部に相談してみなさい」
ゆつぎ「本当ですか!?ありがとうございます!」ぱぁっと笑顔になる。
学年主任「あぁ、やってみろ」
ゆつぎ、深くお辞儀をする。
〇放送室
放送部の男女数人の先輩たちに向けてアイデアを説明。
話が終わると、先輩たちが顔を見合わせる。
先輩1「へぇプレイリストか、いいね楽しそう」
先輩2「当日はグラウンドと体育館の二ヵ所が会場になるから、機材が必要になるね」
先輩3「それなら顧問に頼んで貸してもらおうよ!」
先輩1「せっかくなら全学年に通知しない?曲数絞れば全クラス分流せるでしょ」
ゆつぎ「よろしくお願いします!」(やった、これなら実現できそう!)
緊張していた胸の奥が軽くなり笑顔になる。
〇ホームルーム・球技大会一週間前
「ということで、クラスごとのプレイリストを作って当日は順番に流してもらえることになりました。みなさんの流してほしい曲のアンケートを取りたいと思うので記入をお願いします」
前に立って緊張しながら説明するゆつぎ。
クラスメイト1「え、それめっちゃよくない!?」
クラスメイト2「私あの曲入れてほしい!」
クラスメイト3「絶対テンション上がるよね!」
あっという間に教室の空気が明るくなり、クラスメイトが自然に言葉をかけてくれる。
相原「すげえな、学年主任に提案しちゃうなんてさ」
紬希「うん、すごい行動力!」
ゆつぎは目を丸くしたあと、ふわっと笑う。
ゆつぎ(みんなが喜んでくれて嬉しい…!)
〇家の玄関・球技大会前日(日曜日)
家の玄関に入ると、見慣れない男物のスニーカーが。
ゆつぎ(誰だろう?お客さん?)
「ただいまー」とリビングを覗くも誰もいない。
ゆつぎ(え?誰もいない…?)
不思議に思いながらトントンと階段を上る。
〇ゆつぎの自室
ガチャとドアを開けて、目の前の光景に固まる。
律がゆつぎの部屋に座っている。
律「……よう」ややバツが悪そうな表情。
ゆつぎ(ど、どういうこと……!?!?)
律「悪いな、勝手に入ってて」
ゆつぎ(この声は、律くん…だけどなんで!?)
ゆつぎ「ど、どうして…!? 来るなら言ってくれたら」
律「帰り道でお前の母さんに偶然会って、そのまま連れてこられた」
〇律の回想
(帰宅途中の律、偶然買い物帰りのゆつぎ母と遭遇)
ゆつぎ母「ちょっと寄っていかない?」
律「いや、でも…」戸惑う律
ゆつぎ母「もうすぐゆつぎも帰ってくると思うし部屋で待っててあげて?子どもの頃よく遊びに来てたわよね〜」
ゆつぎ母の勢いと押し負け、断りきれずに玄関へ。
〇律の回想終了
ゆつぎ「あれ、そういえばお母さんは?」
律「なんか回覧板届けに行くって留守番頼まれた」※よろしくね〜と玄関を出ていくゆつぎ母のコマ。
ゆつぎ(もうお母さんってば何してるの〜?!)
ゆつぎ「とりあえず何か飲み物取ってくるね!」
慌てて部屋を出て階段を降りる。
〇キッチン
グラスにお茶を入れながらも動揺がおさまらない。
ゆつぎ(何この展開!?いきなり部屋に二人きりって…!)
顔を赤らめて大きく息をつく。
※子どもの頃部屋で遊んだコマ。
ゆつぎ(確かに昔はそうだったけど、もうあの頃とは何もかも違うのに…)
〇ふたたび自室
ゆつぎ「おまたせ、麦茶でいい?」
律「悪いな、サンキュ」
ローテーブルにグラスを置く。
その場に座ると、律が距離を取るように移動する。
え?と不思議に思うゆつぎ。
律は黙ったままグラスに口をつける。
ゆつぎ「あの…どうしたの?」
ゆつぎが尋ねると、律は少しだけ視線を外す。
律「お前にとって、俺の顔って『誰か分からない男の顔』なんだろ。それなら、密室であんま近づいたら怖いかと思って」
ハッとするゆつぎ。
ゆつぎ(そんなふうに思わせてたんだ私…)
【そうだ、律くんはそういう人だった。さりげなくそういう気遣いができる人。私に合わせてゆっくり歩いたり、部活のことを黙ってたり、他にもいろいろ】
ゆつぎ「……あのね。確かに顔は分からないんだけど、でも律くんは怖くないよ」
まっすぐに伝える。律は少し驚いたような顔。
律「それなら――もう少し近づいてもいい?」
返事を待たず、距離が近づく。
そっとゆつぎの手を取る。
ゆつぎ「律くん…?」
律「こうしてたら少しは俺だって分かる?」
ゆつぎ(律くんの声と、律くんの手だ…)
ゆつぎ「うん、不思議だね。こうしてると律くんだって分かる」
少し照れながらも頷く。
律がふっと目を細めて笑った。
律「やっぱり、記憶と触覚ってつながってんのかもな」
ゆつぎ「え?」
顔を上げるとちょっとニヤリとした律の顔。
律「ゆつぎの手が俺の手を覚えてる。そういうの、ちょっといいなって」
少し意地悪な笑みを浮かべる。
律「もっと試してみる?」
そのままラグの上に押し倒される体勢に。