キミが見えるその日まで
第五話
(第四話最後からの続き)
ラグの上に押し倒されたゆつぎ。
律の指がゆつぎの髪にそっと触れ、耳にかかった髪を優しく払う。
突然のことで目を丸くしたまま真っ赤に。
ゆつぎ「り、律くん……?」
律「こういうのも、思い出すきっかけになったりしない?」
ゆつぎ「し、しないと思う!!」
動揺しまくりで全力で否定。
律「昔こうやって一緒に昼寝したりしたじゃん」
ゆつぎ「それ幼稚園のころの話じゃ…!?」
そのまま顔が近づいてくる。
律「なあ、怖くないわけ?」真剣な目の律。
ゆつぎ「怖くは、ないよ…」
律「俺が『誰だか分からない男の顔』でも?」
一瞬返事に詰まる。
ゆつぎ「……でも律くんなんだよね?だったら、大丈夫」(ただドキドキするから早くどいて~)心の叫び。
律「なにその特別扱い。可愛すぎ」
嬉しそうに微笑む律。
おでこをコツンと合わせて頬に律の手が添えられる。
さらに近づく距離。
ゆつぎ(だめ、これ以上は…!!)
そのとき、一階の玄関のドアが開いて「ただいまー」の声が聞こえる。
律とゆつぎが同時にハッとする。
律「ゆつぎのお母さん、帰ってきたみたいだな」
ゆつぎ「…う、うん」
ゆつぎの上から体をどかして起き上がる。
律「じゃあ、俺も帰るわ」
ドキドキと顔が熱いのが止まらないゆつぎ。
律「そういえば、明日の球技大会ってどうすんの?さすがに見学だよな?」
部屋を出ようとする前に振り返る律。
ゆつぎ「うん、明日は裏方で頑張るつもり」
律「そっか、あんまり無理すんなよ」
ゆつぎ「でも自分にできることをやりたいから」
その言葉を聞いて、優しく微笑んで頭を撫でる律。
〇グラウンド・球技大会当日
ざわざわと浮足立つ空気。校内はいつもと違う熱気に包まれている。
※ゆつぎは体操着の上からビブスを着用(記録係と分かるように)
周囲では円陣を組んだり準備運動する生徒たち。
他クラス生徒1「ねえ、あの子って競技出ないの?」
他クラス生徒2「あぁD組の子でしょ?なんか昔事故で大ケガして運動できないんだって。体育も半分くらい見学してるし」
ヒソヒソとした声がどこからともなく耳に届く。
他クラス生徒1「え〜、かわいそう」
他クラス生徒3「でも堂々とサボれていいよね~」
それを聞いた紬希がにらみつける。
紬希「ちょっとあんたたち…!」
ゆつぎ「紬希ちゃん、だめだよ」とっさに腕を掴んで止める。
紬希「でも!」
ゆつぎ「ありがとう怒ってくれて。でも全然気にしてないから」
微笑んだ目はどこまでもまっすぐ。
ゆつぎ(運動できないのは事実。でもできないことを嘆きたくない)
「私は私ができることを全力で頑張る。それでクラスのみんなを元気にできたらいいなって!」
紬希の目が潤む。
ゆつぎ「もう、ゆつぎぃぃぃ……!私、ゆつぎのために絶対勝つからね!!」
相原「え、俺のためじゃなくて?」ちゃっかり二人の会話に割り込んでくる。
紬希「なんで悠馬なのよ!」
あはは、と笑い合う三人。
クラスメイト1「ねえ一ノ瀬さん、それ何?」
ゆつぎが持っているボードやスケッチブックを指さす。
ゆつぎ「記録係の仕事があってなかなか応援できないから、これを置いておこうかなと思って」
手書きの応援イラストとメッセージが書かれたボード。※図書室や自室で作っていた絵。
【記録係は割り当てられた試合を記録するため、いくつもの会場を移動する。
だから自分のクラスの応援ばかりはできない】
ゆつぎ(その場にはいられなくても、応援していることが伝わるといいな)
〇体育館
女子たち「キャー!律先輩かっこいいー!!」
体育館に響き渡る黄色い歓声。
律がボールを受けてドリブル。軽やかにガードをかわしてリングへジャンプ。
シュートが決まった瞬間、ひときわ大きな歓声が沸く。
チームメイト1「夏目ーナイスシュート!」
鍵山「お前今日どうしたんだよ、めちゃくちゃ気合入ってんじゃん?」
※鍵山彬:律の中学からの友人。律を特別視しないので気楽に話せる存在。
律「別に。いつもと同じ」
鍵山「嘘つけ!分かった、幼なじみちゃんにいいとこ見せたいんだろ~」
からかってくる鍵山に眉をひそめる律。
律「うるさい」
律は汗をぬぐって視線をさまよわせる。
スコアボードの脇。控えめにだけど一生懸命動いている人影。
律(……ゆつぎ)
【遠くからでもすぐに分かる。小柄な体で記録用紙を胸に抱えて、サポートする姿】
そのとき、ふとゆつぎがこちらを向く。
律(目が合った…?)(いや、あいつは俺の顔が分からないから偶然?それでも……)
ゆつぎだけに伝わるようにと、柔らかい笑みを浮かべる律。
〇体育館・スコアボード付近(ゆつぎ)
ゆつぎ(……今、目が合った?)(あれは…律くんなの?)
ほんの数秒前に目が合った顔。
コートに戻っていく後ろ姿。
ゆつぎ(……笑ったように見えた)
ぎゅっと胸が熱くなる。顔赤く染まっていく。
頬に手を当てて深呼吸。記録用紙とホイッスルを持ち直して、自分に言い聞かせる。
ゆつぎ(集中しないと。今日は裏方で盛り上げるって決めたんだから)
遠くでまた歓声が上がる。
視線の先、律がまたコートを駆けている。
律先輩カッコイイ!夏目行け~などの歓声が聞こえる。
ゆつぎ(……どうしても、目で追ってしまう)
躍動する足、鮮やかなパス、力強いシュート。
ゆつぎ(……顔は、まだ『律くん』だって分からないのに)
【不思議と、彼の存在だけはちゃんと分かる気がする】
ゆつぎ「……がんばって、律くん」
小さく呟くゆつぎ。
画面はスローモーション。
律のシュートとゆつぎのペンが、同時に得点を刻む。
〇グラウンド・夕方
すべての競技が終了。
グラウンドに全校生徒が集まっている。
学年主任『一年の部、総合優勝は――D組!』
クラスメイトたち「総合優勝だって!」「やったーー!!」
円になって歓声を上げる。
そんな輪の少し外で、ゆつぎは手に持っていたカメラを構える。
ゆつぎ「みんな、並んで!写真撮ろう!」
カメラを構えると輪の中から声が飛ぶ。
クラスメイト1「一ノ瀬も入んなきゃダメだろ~!」
ゆつぎ(……え?)
クラスメイト2「そうそう!今日はお前も頑張ってたんだからな!」
そうだよ!はやくはやく!の声とともに、輪の中に引っ張られていく。
クラスメイト3「ゆつぎちゃんこっち!」
クラスメイト4「まんなかまんなか!」
ゆつぎ(どうしよう、すごく嬉しい)
驚きと嬉しさでみるみる涙で潤んでいくゆつぎ。
紬希「もう泣かないでよ~ほら笑って笑って!」
ゆつぎ「……うん!」
肩がぶつかり、笑い声が響く。
クラスメイト5「先生、シャッター押してくださーい!」
担任「はいよー、ほら全員笑え~!!」
カシャッ、というシャッター音。
クラスの集合写真のカット。
〇体育倉庫・表彰式後
日が傾き始めた校舎の裏。
体育倉庫の横で、ゆつぎは備品のチェックと片付け。記録表は折りたたんでまとめ、使い終えた得点ボードを倉庫に戻す。
ゆつぎ「よし、これで終わりかな」
今日に一日を思い返す。
ゆつぎ(……すごく楽しくてあっという間だったな)
【初めはどうなるか不安もあったけど、今は胸を張って言える気がする。私なりに今日を頑張れたって】
律「ゆつぎここにいたのか。すげぇ探した」
ゆつぎ(この声……)
夕暮れの光の中、律がゆっくり歩いてくる。
律「学年主任が最後まで片付けしてるって教えてくれた」
ゆつぎ(……探してくれてたんだ)
律「一日お疲れ」
ゆつぎ「うん…律くんもお疲れ様。バスケすごかったね」
その言葉にはっとする律。
律「……俺だって分かったんだ?」
ゆつぎ「うん」
頷くと、嬉しそうにゆつぎの頬に手を当てる律。
律「俺もずっと見てた。ゆつぎのこと」
一瞬、目が合ったことを思い出す。
ゆつぎ(あれは…気のせいなんかじゃなかったんだ)
胸の奥がギュッと締めつけられる。
律の腕が伸びてきて、ゆつぎの肩を抱き寄せてハグ。
ゆつぎ「……律くん!?だ、誰か来たら!」
わたわたと慌てるゆつぎ。
律「もうこの時間ならほとんど残ってない」
ゆつぎ(……うそ、こんなの……)
律の胸に顔を埋める形でドキドキが止まらない。
律「頑張ったな」
耳元で静かに囁く。
ゆつぎ(あまりにも自然で、優しい声…)
数秒のハグを終えて向かい合う二人。
律「帰るか。荷物は俺が持つから」
ゆつぎ「うん……ありがとう」
日が暮れゆくグラウンド。
その夕焼けの中、並んで歩き出した二人の影。
ラグの上に押し倒されたゆつぎ。
律の指がゆつぎの髪にそっと触れ、耳にかかった髪を優しく払う。
突然のことで目を丸くしたまま真っ赤に。
ゆつぎ「り、律くん……?」
律「こういうのも、思い出すきっかけになったりしない?」
ゆつぎ「し、しないと思う!!」
動揺しまくりで全力で否定。
律「昔こうやって一緒に昼寝したりしたじゃん」
ゆつぎ「それ幼稚園のころの話じゃ…!?」
そのまま顔が近づいてくる。
律「なあ、怖くないわけ?」真剣な目の律。
ゆつぎ「怖くは、ないよ…」
律「俺が『誰だか分からない男の顔』でも?」
一瞬返事に詰まる。
ゆつぎ「……でも律くんなんだよね?だったら、大丈夫」(ただドキドキするから早くどいて~)心の叫び。
律「なにその特別扱い。可愛すぎ」
嬉しそうに微笑む律。
おでこをコツンと合わせて頬に律の手が添えられる。
さらに近づく距離。
ゆつぎ(だめ、これ以上は…!!)
そのとき、一階の玄関のドアが開いて「ただいまー」の声が聞こえる。
律とゆつぎが同時にハッとする。
律「ゆつぎのお母さん、帰ってきたみたいだな」
ゆつぎ「…う、うん」
ゆつぎの上から体をどかして起き上がる。
律「じゃあ、俺も帰るわ」
ドキドキと顔が熱いのが止まらないゆつぎ。
律「そういえば、明日の球技大会ってどうすんの?さすがに見学だよな?」
部屋を出ようとする前に振り返る律。
ゆつぎ「うん、明日は裏方で頑張るつもり」
律「そっか、あんまり無理すんなよ」
ゆつぎ「でも自分にできることをやりたいから」
その言葉を聞いて、優しく微笑んで頭を撫でる律。
〇グラウンド・球技大会当日
ざわざわと浮足立つ空気。校内はいつもと違う熱気に包まれている。
※ゆつぎは体操着の上からビブスを着用(記録係と分かるように)
周囲では円陣を組んだり準備運動する生徒たち。
他クラス生徒1「ねえ、あの子って競技出ないの?」
他クラス生徒2「あぁD組の子でしょ?なんか昔事故で大ケガして運動できないんだって。体育も半分くらい見学してるし」
ヒソヒソとした声がどこからともなく耳に届く。
他クラス生徒1「え〜、かわいそう」
他クラス生徒3「でも堂々とサボれていいよね~」
それを聞いた紬希がにらみつける。
紬希「ちょっとあんたたち…!」
ゆつぎ「紬希ちゃん、だめだよ」とっさに腕を掴んで止める。
紬希「でも!」
ゆつぎ「ありがとう怒ってくれて。でも全然気にしてないから」
微笑んだ目はどこまでもまっすぐ。
ゆつぎ(運動できないのは事実。でもできないことを嘆きたくない)
「私は私ができることを全力で頑張る。それでクラスのみんなを元気にできたらいいなって!」
紬希の目が潤む。
ゆつぎ「もう、ゆつぎぃぃぃ……!私、ゆつぎのために絶対勝つからね!!」
相原「え、俺のためじゃなくて?」ちゃっかり二人の会話に割り込んでくる。
紬希「なんで悠馬なのよ!」
あはは、と笑い合う三人。
クラスメイト1「ねえ一ノ瀬さん、それ何?」
ゆつぎが持っているボードやスケッチブックを指さす。
ゆつぎ「記録係の仕事があってなかなか応援できないから、これを置いておこうかなと思って」
手書きの応援イラストとメッセージが書かれたボード。※図書室や自室で作っていた絵。
【記録係は割り当てられた試合を記録するため、いくつもの会場を移動する。
だから自分のクラスの応援ばかりはできない】
ゆつぎ(その場にはいられなくても、応援していることが伝わるといいな)
〇体育館
女子たち「キャー!律先輩かっこいいー!!」
体育館に響き渡る黄色い歓声。
律がボールを受けてドリブル。軽やかにガードをかわしてリングへジャンプ。
シュートが決まった瞬間、ひときわ大きな歓声が沸く。
チームメイト1「夏目ーナイスシュート!」
鍵山「お前今日どうしたんだよ、めちゃくちゃ気合入ってんじゃん?」
※鍵山彬:律の中学からの友人。律を特別視しないので気楽に話せる存在。
律「別に。いつもと同じ」
鍵山「嘘つけ!分かった、幼なじみちゃんにいいとこ見せたいんだろ~」
からかってくる鍵山に眉をひそめる律。
律「うるさい」
律は汗をぬぐって視線をさまよわせる。
スコアボードの脇。控えめにだけど一生懸命動いている人影。
律(……ゆつぎ)
【遠くからでもすぐに分かる。小柄な体で記録用紙を胸に抱えて、サポートする姿】
そのとき、ふとゆつぎがこちらを向く。
律(目が合った…?)(いや、あいつは俺の顔が分からないから偶然?それでも……)
ゆつぎだけに伝わるようにと、柔らかい笑みを浮かべる律。
〇体育館・スコアボード付近(ゆつぎ)
ゆつぎ(……今、目が合った?)(あれは…律くんなの?)
ほんの数秒前に目が合った顔。
コートに戻っていく後ろ姿。
ゆつぎ(……笑ったように見えた)
ぎゅっと胸が熱くなる。顔赤く染まっていく。
頬に手を当てて深呼吸。記録用紙とホイッスルを持ち直して、自分に言い聞かせる。
ゆつぎ(集中しないと。今日は裏方で盛り上げるって決めたんだから)
遠くでまた歓声が上がる。
視線の先、律がまたコートを駆けている。
律先輩カッコイイ!夏目行け~などの歓声が聞こえる。
ゆつぎ(……どうしても、目で追ってしまう)
躍動する足、鮮やかなパス、力強いシュート。
ゆつぎ(……顔は、まだ『律くん』だって分からないのに)
【不思議と、彼の存在だけはちゃんと分かる気がする】
ゆつぎ「……がんばって、律くん」
小さく呟くゆつぎ。
画面はスローモーション。
律のシュートとゆつぎのペンが、同時に得点を刻む。
〇グラウンド・夕方
すべての競技が終了。
グラウンドに全校生徒が集まっている。
学年主任『一年の部、総合優勝は――D組!』
クラスメイトたち「総合優勝だって!」「やったーー!!」
円になって歓声を上げる。
そんな輪の少し外で、ゆつぎは手に持っていたカメラを構える。
ゆつぎ「みんな、並んで!写真撮ろう!」
カメラを構えると輪の中から声が飛ぶ。
クラスメイト1「一ノ瀬も入んなきゃダメだろ~!」
ゆつぎ(……え?)
クラスメイト2「そうそう!今日はお前も頑張ってたんだからな!」
そうだよ!はやくはやく!の声とともに、輪の中に引っ張られていく。
クラスメイト3「ゆつぎちゃんこっち!」
クラスメイト4「まんなかまんなか!」
ゆつぎ(どうしよう、すごく嬉しい)
驚きと嬉しさでみるみる涙で潤んでいくゆつぎ。
紬希「もう泣かないでよ~ほら笑って笑って!」
ゆつぎ「……うん!」
肩がぶつかり、笑い声が響く。
クラスメイト5「先生、シャッター押してくださーい!」
担任「はいよー、ほら全員笑え~!!」
カシャッ、というシャッター音。
クラスの集合写真のカット。
〇体育倉庫・表彰式後
日が傾き始めた校舎の裏。
体育倉庫の横で、ゆつぎは備品のチェックと片付け。記録表は折りたたんでまとめ、使い終えた得点ボードを倉庫に戻す。
ゆつぎ「よし、これで終わりかな」
今日に一日を思い返す。
ゆつぎ(……すごく楽しくてあっという間だったな)
【初めはどうなるか不安もあったけど、今は胸を張って言える気がする。私なりに今日を頑張れたって】
律「ゆつぎここにいたのか。すげぇ探した」
ゆつぎ(この声……)
夕暮れの光の中、律がゆっくり歩いてくる。
律「学年主任が最後まで片付けしてるって教えてくれた」
ゆつぎ(……探してくれてたんだ)
律「一日お疲れ」
ゆつぎ「うん…律くんもお疲れ様。バスケすごかったね」
その言葉にはっとする律。
律「……俺だって分かったんだ?」
ゆつぎ「うん」
頷くと、嬉しそうにゆつぎの頬に手を当てる律。
律「俺もずっと見てた。ゆつぎのこと」
一瞬、目が合ったことを思い出す。
ゆつぎ(あれは…気のせいなんかじゃなかったんだ)
胸の奥がギュッと締めつけられる。
律の腕が伸びてきて、ゆつぎの肩を抱き寄せてハグ。
ゆつぎ「……律くん!?だ、誰か来たら!」
わたわたと慌てるゆつぎ。
律「もうこの時間ならほとんど残ってない」
ゆつぎ(……うそ、こんなの……)
律の胸に顔を埋める形でドキドキが止まらない。
律「頑張ったな」
耳元で静かに囁く。
ゆつぎ(あまりにも自然で、優しい声…)
数秒のハグを終えて向かい合う二人。
律「帰るか。荷物は俺が持つから」
ゆつぎ「うん……ありがとう」
日が暮れゆくグラウンド。
その夕焼けの中、並んで歩き出した二人の影。