Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 エドモンドは両手をだらりと垂らしたまま(こぶし)を強く握って、興奮に胸を上下させながら立ち尽くしていた。
 オリヴィア。
 どうして君はここにいる? どうして私はここに立ち尽くしている?

 どうして……
 どうして……

 このままオリヴィアの寝顔を見つめ続けるのが不可能なのと同じくらい、彼女から目を離すことも不可能だった。
 エドモンドは少年の頃の自分を思い出そうと、歯を食いしばった。

 酒浸りになって世界の全てから逃げていた父の姿を。赤い目をして乱れたシャツを着て酒瓶を持ち、浮浪者のように屋敷をうろついていた哀れな男のことを。
 そして、そんな父の癇癪から弟を守ろうと、身体を張った少年の自分を。

 ──あんな馬鹿げた悲劇を繰り返す必要はない。

 約束の一月は過ぎた。
 私は、もといた場所へ彼女を帰そう。それですべては片付く。すべては終わる。

 私の心もそれと共に終わるのだろう……。

 しかし、オリヴィアが生きていてくれるのなら、エドモンドも生きていくことはできそうだった。たとえ死んだ心を抱えながらでも。
 二人の関係は『白い結婚』のままだから、彼女ならいつか再婚相手が見つかるはずだ。多分、エドモンドはそれを風の便りで知り、しばらくは辛い日々が続くかもしれない。
 それでも日々の忙しさで苦しみは少しずつ遠ざかり、再び、風の便りで彼女が子供を持った話を聞いて……そして、酒を何瓶か空けるのだろう。

 幸せへのシナリオとは言いがたかったが、彼女の墓石を抱いて眠るような男になるよりは、いくらかましなはずだ。

 握っていた拳を解いたエドモンドは、今まで彼がしてきたどんな動きよりもゆっくり、オリヴィアの頬に触れた。

 そして静かに膝を折り、彼女の側にひざまずく。
「オリヴィア……」

 どういうわけか、エドモンドはわずかに微笑むことに成功した。

 彼女の肌からは甘いバラの香りがした。
 高価なローズ・ウォーターの入った小瓶が、寝台の横に付けてある小机の上に乗っている。まるで恋人の騎士の訪れを寝台で待つ中世の姫のように、毎晩これを肌に付けていたのだろうか?
 だとしたら自分はとんでもない愚か者だ。

「そしてあなたも……同じくらい愚かだ……」

 エドモンドはささやいたが、オリヴィアは目を覚まさなかった。

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