ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 高層ビル群を抜け、緑濃い公園沿いをしばらく進んだところで都心とは思えないお屋敷街に入り、巨大なマンションのような建物へと近づいていく。

「あれが病院だ」と、蒼也がシートから体を起こして翠と向き合った。「こんなことを頼むのは失礼なことだとは分かった上で頼むんだが、すまないけど俺と偽装結婚してくれないか」

「おじいさまを安心させるためにですか」

「ああ、申し訳ない」と、蒼也は深く頭を下げた。

「わかりました」

「恩に着る」と、蒼也が翠の手に自分の手を重ねる。「あくまでもお芝居だから」

「あ、はい。ですよね」

 ため息をつく翠に気づく様子もなく、蒼也がまくし立てる。

「幼稚園の学芸会みたいな感じでさ、『お姫様と王子様は結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ』みたいなラストシーンだけでいいんだ。眠っているお姫様に王子様がキスする場面とか、そういうのはいいから。ほら、幼稚園でも、そういう場面はぼかすだろ」

「まあ、そうですね」

「こういう頼み方が間違っているのは、重々承知しているんだ。本当にすまない」

「いえ、私もおじいさまにはお世話になりましたから」

「あの人のことだから、俺たちの芝居なんてお見通しだろうけどな」

 そして、自分を納得させるように蒼也はつぶやいた。

「それでもいい。形だけでも安心させてやりたいんだ」

 車寄せに到着して降りると、蒼也は早足でエントランスホールに入り、ちょうど開いたエレベーターに真っ直ぐ向かっていく。

 身長差も二十五センチあるが、脚の長さが三倍あるのかというくらい速く、翠はほぼ全速力の勢いだった。

 ぎりぎりエレベーターに滑り込んだところで、弾む息をおさえながら翠は聞いた。

「あ、あの、蒼也さん」

「ん、どうした?」

「本当に、私でいいんですか?」

 最上階のボタンを押し、扉が閉まったところで蒼也が首をかしげた。

「どういうことだ?」

「ですから、結婚相手が私って、蒼也さんはそれでいいんですか?」

「何を言ってるんだ。だって、俺たちは許嫁だろ」

 蒼也の目は真剣だ。

「でも、形ばかりというか、そんなの幼い頃の話じゃないですか」

「翠は嫌なのか?」と、食いぎみに言ってから蒼也は頭をかいた。「いや、こんな言い方をしてすまない。そうだよな。いきなりこんなことを頼まれたら困惑するだろうし、俺の都合で人生の大事なことを勝手に決められたらいい気分はしないよな」

「あ、あの、違います。そういうんじゃなくて」

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