ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 病院から大学までは車で十五分ほどで到着した。

 父は研究室にいて、蒼也が報告するとあっさり受け入れていた。

「それは良かったね。おめでとう」

(良くないでしょ。キサマのような男に娘はやらんとか、なんとか言ってやってよ)

 必死に鋭い目で合図を送っても、娘の視線など気づかぬ父はのんきにインスタントコーヒーを勧める。

「悪い虫がつくより、蒼也君なら安心だからね。虫は虫でも蒼也君はヘラクレスオオカブト……いや、ミヤマクワガタかな。ハハハ」

 ――何言ってんの、お父さん。

 呆れる翠の横で、蒼也はぽりぽりと頭をかいている。

「いやあ、まだまだそんな立派な者じゃありませんよ、お父さん。精進します」

 ――はあ?

 蒼也さんまで、この二人、どうなってんの?

 案外お似合いなのかな。

 それはそれでいいけど……ううん、全然良くないし。

 インスタントコーヒーを味わいながら蒼也が話を進める。

「それでですね、正式な式や手続きはまだですが、私のマンションで同居を始めたいと思うのですが」

「ああ、そうですか」と、父は世間話に相槌を打つみたいに微笑むだけだ。「ご迷惑をおかけしないといいんだが、よろしくお願いしますよ」

 ちょっと、迷惑って何よ。

 こっちが迷惑してるんだけど。

「早くに妻を亡くして、男手一つってやつで育ててきましたから、何もしてやれなかったんだが、まっとうな大人にはなってくれたと思ってますよ」

 しみじみと語る父に、蒼也もまたしみじみとうなずいている。

 ――勝手に二人の世界に入っちゃって。

 抵抗する気も失せて、翠は冷めた苦いコーヒーを一息に飲み干した。

 大学を出て車は蒼也のマンションに向かう。

「先に家に帰って着替えをとってきてもいいですか」

「泊まっていくのか?」

「だって、そう言ってたじゃないですか」

「今夜からとは思っていなかったけど、翠がそのつもりなら、俺は全然構わないぞ」

 え?

 はあ……。

 あれ、話が違う……っていうか、あれ?

 父に挨拶する理由が同居するからだったんだよね。

 あっ!

 でも、確かに、『今夜から』とは言ってなかった。

「翠」

「はい」

「急だったけど、受け入れてくれて、俺はうれしいよ」

 受け入れてないですけど。

 全然、まったく、ちっとも。

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