ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 蒼也の指示で車は来た道を戻り、幼稚園に近い翠の自宅へとやって来た。

「俺は少し仕事の連絡をしなくてはならないから、車の中で待ってる」

 蒼也に送り出されて家に入ったところで蹴飛ばすように靴を脱ぎ捨て翠はため息をついた。

 ――はあ。

 なんでこんなことになっちゃったんだろ。

 べつに嫌じゃないのよ。

 むしろ、ずっと夢見てた。

 こんな日が来るのを待っていたの。

 王子様が迎えに来ました。

 二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

 うん、それでいいの。

 だけど、今じゃないよね。

 アハハ、これがマリッジブルーってやつか。

 笑えないですけど。

 ジェットコースターのような感情の起伏に酔ってしまいそうで、翠は考えるのを無理矢理止めて支度をした。

 泥棒みたいに乱暴に衣装ケースを引き出し、洗面用具や当座の着替えをスーツケースに詰めるだけ詰めてドシンと蓋の上に腰を下ろす。

 ――あっ!

 ちゃんとした下着あったっけ?

 クタクタなのとか、シミの落ちないやつとか、もったいなくてなかなか捨てられなかったんだよね。

 もう一度蓋を開け直して、中をチェックする。

 ……だめだ、こりゃ。

 お見せできるような代物ではございませんよ。

 だってしょうがないじゃない……と、ついとがってしまう唇を引っ込める。

 事前に言われてたら、ちゃんと準備してましたよ。

 買いに行く暇あるかな?

 蒼也さんのことだから、ついてくるなんて言うかもな。

『どうせ買うなら、俺が選んでやるよ』

『あなた色に染めて欲しいの』

 なんちゃって、アハハ。

 その瞬間、霜が降りたみたいに頭の奥が冷え込む。

 ばっかじゃないの、私、何言ってんの。

 うれしさ半分、戸惑い半分、不安半分。

 合計がおかしい……って浮かれて算数もできなくなってるし。

 ――でもなあ。

 結婚って、どんな感じなんだろう。

 翠はほとんど母親の記憶がない。

 父と母がどんな恋愛をして結ばれたのか、そんな話をまったく聞いたことがなかった。

 夫婦として生活することがどんなものか、モデルになる姿を知らないのだ。

 いいや、もう、なるようになれ!

 いつまでも路上に車を待たせるわけにもいかないので、翠はスーツケースを引きずって実家を後にした。

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