ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
◇
幸之助の葬儀が終わって一段落ついたころ、悠輝は蒼也の部屋を訪れた。
「思ったより元気そうだね」
「やるべきことがありすぎて、悲しんでいる暇がなかったよ」
「お疲れ様。今日は撮影抜きで、ビールを飲みに来たよ」
「自分の家で飲めよ」
「毎日暑くて家にいるとエアコン代がかかるだろ」
「ネット配信案件でさんざん稼いでるくせに」
「CEO様ほどじゃないよ」
そんな軽口を言いあいながら、冷蔵庫から缶ビールを出し、グラスに注ぐ。
「俺の様子を見に来てくれたんだろ」と、蒼也はグラスを掲げた。「ありがとうな」
悠輝が室内を見回す。
「ねえ、翠ちゃんは実家?」
「まあな」
「休みはいつまでだって?」
「もう帰ってこないぞ」
グラスから口を離し、悠輝は泡をなめた。
「どういうこと?」
蒼也はこれまでの経緯を話した。
心理的ハードルを下げるために申し込んだ偽装結婚だったこと。
それが原因で誤解を与えてしまったこと。
悠輝は呆れた表情で二杯目のビールをグラスに注いだ。
「蒼也って有能なくせに、ホント、不器用だよね。今時珍しい一途な男ってところは認めるけどさ」
はぐらかすように蒼也がグラスに口をつける。
「脇目も振らず翠ちゃんにまっすぐ一直線。だけどさ、偽装結婚なんて、肝心なところでなんでそんなこと言っちゃったんだよ。心理的ハードルを下げるつもりとか言ってるけどさ、かえって棒高跳びみたいになっちゃったじゃん」
「あの時は本当にそうだったんだよ。じいさんのためだったんだから」
「そう言ってごまかしてるだけだろ。最初から本気だったくせに」と、ビールの泡をなめる。「ずっと昔からだったじゃん」
焦点の合わない目で蒼也は黙り込んでいた。
――ホント、分かりやすいよね。
図星をつかれると防御力ゼロ。
裏表のない男だからな、蒼ちゃんは。
「ほんと、女心が分からないよね、蒼也は」
「おまえは分かってるふうに言うなよ。俺はただ、昔の約束で翠を縛りつけたくなかっただけだ」
「女の子はね、好きな男には、少しくらい束縛されたいものだよ。なんだったら、ロープでも買ってきたら」
「あのな、泥棒みたいに言うなよ」
――これだもんなあ。
あのさ、蒼ちゃん、そこは『何のプレイだよ』って、僕の頭をどつくところだろ。
そういうところだよ。
ほんと、何も分かってないんだからさ。
悠輝はそんな友人の目をのぞき込みながら言った。
「ちゃんと謝って話すしかないんじゃないの」
「でも、返事が来ないんだぜ」と、蒼也がグラスの縁を指で弾く。
「女の人ってさ、一度気持ちが切れると、あっという間に離れちゃうからね。早くしたほうがいいよ」
「もう手遅れなんじゃないのか」
「ホント、馬鹿だなあ。向こうだって引っ込みがつかなくなって、待ってるんだよ、迎えに来るのを」
「もし、そうでなかったら?」
「ジ・エンド、この世の終わりだね」
いつの間にか外は暗くなっていて、都会の夜景の向こうに、かすかに残った夕焼けがファスナーを閉じるみたいに消えかかっていた。