ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 そして、深く息を吸い込んだ蒼也は、うつむく翠の顎に手をやってクイッと顔を上げさせると真っ直ぐにその瞳を見つめた。

「俺は君だけのトム・ソーヤでいるからさ」

 ――へ?

「とむ?」

 ポカンとする翠の反応に、蒼也の顔がみるみる茹で上がり、額に手を当てて天を仰ぐ。

「嘘だろ。覚えてないのか。初めて会ったあの日の会話」

「いや、あの、言ったのはたしかに私でしたけど……」

 思わず翠が吹き出してしまうと、蒼也はシャツの襟元に指をかけて熱を逃がしながら首を振った。

「なんだよ。俺がスベったみたいじゃないかよ」

「だって、まさかプロポーズの決め台詞にするなんて思ってなかったから」

「二十年間この日のために温めてきたんだぞ」

 ――そう。

 二十年ずっと考え続けてくれていたのだ。

 そんな蒼也の誠実さに気づくのに、少し時間が必要だったのだ。

 今は分かる。

 私は飛び込んでいけばいい。

 ――蒼也さんを信じて。

 蝉の声が止んで、木漏れ日がキラキラと降り注ぎ、まるで世界が二人だけになったようだった。

 世界が明るくなるって、こういうことだったんだ。

 父の言葉を思い出した翠は自分から蒼也の手を握った。

「プロポーズしてもらったのに、さっそく喧嘩しちゃいましたね」

「そうだな」と、蒼也が翠を引き寄せた。「すまなかった」

「先に謝っちゃだめですよ」

「どうして? 悪いのは俺だろ」

「私が分からず屋みたいじゃないですか」

 今度は蒼也が笑い出す。

「また口がタコみたいになってる」

 そのとがらせた口に蒼也が唇を近づけてきた。

「こ、こんなところで」

「だって、キスを誘ったんだろ」

「ち、違います」

 顔を背けようとする翠の背中に手を回し、蒼也が力強く抱き寄せる。

 いくらもがいても逃げられない。

「人が来たらどうするんですか」

「いなかったら、いいのか?」

 挑発的な瞳がエメラルド色の輝きを強めてまっすぐに射貫いてくる。

 再び口をとがらせながら、翠もその瞳を見つめ返した。

「いいですけど……」

 蝉の声が、激しさを増す鼓動を隠してくれる。

 しばらく見つめ合っていると、根負けしたのか蒼也が首を振りながら髪をかき上げた。

「まいったな。そう強気に出られるとは思わなかったよ」

 二人とも同時に笑い出す。

 あまり笑いすぎて涙が滲み出してきた。

 いろんなことがあったけど、お互いの気持ちを確かめることができて翠はホッとしていた。

 すぐそばの木で蝉が鳴き出し、キスをせかすように公園のいたるところから蝉の声が湧き上がる。

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