ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 空港を左手に見て通過すると、やや流れが速くなった。

 須垣がアクセルを踏み込むと、翠は前を向いて膝の上で固く拳を握りしめた。

「情報は力かもしれませんけど、いくら情報を集めたって、幸せにはなりませんよね」

「幸せなんて、数値化できないものに興味はないな。優劣がつかないなら価値も分からないし」

「じゃあ、なんで、こんなことするんですか? べつに私をもてあそんだって意味なんかないじゃないですか」

 須垣は人差し指を立てた。

「俺が持ってないものをあいつが手に入れてるからだろ。単純にそれが気に入らない」

「それだけですか?」

「貧乏人は金で手に入る物をありがたがるが、そんなのは全部ゴミだ。そういうくだらないゴミをかき分けて、残ったものが本物の宝石だってことを知ってるのが金持ちってやつさ。御更木にとって、あんたはそれだけの価値がある存在だ。だが、それは俺の物じゃない。だから奪い取って、たたき壊す。純粋で汚れのない他人の宝物を見たら傷つけたくなる。それが俺だ」

「そんなことをして屈服させたって、愛情は手に入りませんよ」

「べつにいいんだ、そんなこと」と、須垣は唇の端に歪んだ笑みを浮かべた。「あんたも幼稚園児を相手にしてるから分かるだろ。振り向いてくれない女の子にはちょっかい出したくなる。いくつになっても男ってやつは成長しないんだろうな」

 ほんの少しだけ顔を向けると、翠は須垣に強い口調で言葉をぶつけてきた。

「子どもたちは、素直に気持ちを伝えてくれますよ。ハートの折り紙だってくれるし、遠慮なく抱きついてくるし。愛は力じゃないし、数字で表すものでもないですよ」

「愛ねぇ……」と、須垣はため息をついた。「俺は人を信じないからな。愛してもいないし、愛されたいとも思わない。数字は計算できて結果を裏切らないのに、なんで人ってやつは愛なんてあやふやでくだらないものにすがろうとするんだろうな。そっちの方が子どもっぽいと思うぜ。そういう意味では、あんたの旦那もな」

「蒼也さんは子どもっぽくなんかありません。純粋な子どもにもなれるし、社会的な責任を背負う、大人としても立派な人、そのどちらにもなれる人です」

「ソーヤ、ソーヤ、ソーヤ」と、須垣は吐き捨てた。「なんでそんなに自分を犠牲にしてまで旦那を立てようとする。旦那にそこまでの価値なんてあるのか」

 翠がシートから体を起こす。

「蒼也さんの会社がおこなっている研究が成功すれば病気で苦しんでいる人が大勢助かるんです。私は妻としてその夢を支えたい。それじゃいけませんか」

「理由としては弱いな。べつにあんたじゃなくてもいい。会社に必要なのは投資家だろ。それを敵に回すから、今みたいな窮地に陥る。自業自得ってやつだ」

「あなたみたいな人を嫌いになる理由ははっきりしてますけど、人を好きになるのに理由なんて必要ありませんよ。好きだから好きなんです」

「理由なんてない……か」と、須垣はステアリングを切って高速を降りた。「だから俺は誰も愛せないんだろうな」

 翠が過ぎ去る道路標示を目で追う。

「ここ、まだ手前ですよ」

「どこに行こうと俺の勝手だ。あんたは俺に従うしかない」

 車は街の中心部とは反対方向へ向かっていた。

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