社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

憂鬱な時間

「今日は、来てくれてありがとう! レンナ嬉しい♡」

 妹の満面の笑みに、頬を染めるファンの男性。そんな様子を、会場の脇で『鏡レンナ』に贈られたプレゼントの山を整理しながら盗み見る。サポート役として側にいて欲しいとワガママを言う妹をなだめ、どうにか裏方の仕事に回ることが出来た。

 ワガママは今に始まった事ではないが、妹の魂胆を考えると今回ばかりは首を縦に振る訳にはいかなかった。

 さほど広くもない会場内を、鏡レンナと握手をするために並ぶファンの列が蛇腹状に続く。その中でも、異彩を放つ人物は、会場の脇で他のスタッフに紛れ、作業をする私の目にもはっきりと見えていた。

 真っ赤な薔薇の花束を持つ美丈夫。

 彼の周りだけは、ライブの時と同じように異様な雰囲気に包まれていた。そこかしこから聴こえる『芸能関係者か?』という囁き声が届いているのか、いないのか、社長は周りを気にする様子もなく、パーテーションで仕切られた個室の前面にデカデカと掲げられた『鏡レンナ握手スペース』と書かれた文字を真っ直ぐに見据えている。

 流石に、蝶ネクタイ、スーツ姿では来なかったか……

 紺色のジャケットに、ベージュのチノパン姿の社長の普段着は、彼のスーツ姿しか馴染みがない私には新鮮に見える。イケメンは、何を着ても様になるのは変わらないが、普段着の彼は、いつもより数倍柔らかい印象に映る。今も、近くにいる女性ファンの視線を集めまくっている。

 ただ、その視線に社長が反応することはない。

 彼の頭の中は、間近で会える『鏡レンナ』の事でいっぱいだからだ。

 妹の側にいて、社長を紹介してあげるのがいいのよね。本当は……
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