社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

幼なじみ

「なんだ、穂花か」

 突然かけられた声に慌てて顔を上げる。パッと明るくなった室内に目が慣れてくるまでに数秒、見知った顔を認め、肩の力をぬく。

「律季かぁ。驚かせないでよ」

「それはこっちのセリフだ。真っ暗な部屋に人がいるなんて思わないだろ」

「それも、そうね……」

 そう言って腕を組み睨む男は、私達姉妹の従兄弟であり、鏡レンナの芸能マネージャーでもある。

 ストライプ柄のネクタイを締め、細身の紺のスーツに身を包んだ彼は、今時の洒落たサラリーマン男子に見える。ただ、かけているノーフレームの眼鏡が、彼の印象を硬質なものへと変えていた。

 まぁ、律季が私の従兄弟で尚且つ、幼い頃から一緒に過ごしてきた仲でなければ、絶対に話しかけたくないタイプだろう。

 あの見た目同様に、愛想の良いタイプではない。よく言えば実直、悪く言えば愚直な性格だ。

 正直者と言えば聞こえはいいが、辛辣な言葉の数々に、苦手意識を持つ者も多い。

 芸能マネージャーなら、お世辞だろうと、おべっかだろうと時には必要だろうに。叔父が芸能プロダクションの社長をしているのも関係しているのだろうか。

 正直なところ、妹がワガママを言わなければ、マネージャーなどやっていなかったと思う。

「それで、どうしたの? もしかして、休憩時間とっくに終わってた?」

「いいや、大丈夫だ。穂花の姿が見えなかったから、何かあったかと思って」

 こう言うところが苦手なのだ。

 社交辞令も、人を喜ばせるためのお世辞も言わないくせに、周りはしっかり見ている奴だ。だからこそ、彼の事を悪く言う人間がいる一方で、律季に絶大な信頼を寄せる者達も多くいる。律季の人を見る目は確かだった。

 飾らず率直な言葉を投げる律季だからこそ築ける信頼関係は、大きなビジネスチャンスを生んできた。

 そして、妹のワガママに振り回される私を、いつも気にかけてくれる人。

 彼が私の事を気にかけるのは、叔父の家で兄妹のように育てられたからだろう。だからこそ、いくつになっても心配される存在でしかない自分が嫌になる。

 律季も、妹の美春も、それぞれのステージで活躍し、輝かしい成果をあげてきた。それに引き換え自分はと考えると、自己嫌悪に陥入る。

 私は何も成していない。

 妹と二人、伊勢谷家に引き取られ、律季と一緒に暮らし始めた時から、私だけ成長していないのかもしれない。

「何もないよ。ちょっと寝てただけ。休んだら、スッキリしたし、仕事行かなきゃね!」

 無理やり笑みを作り前を向くと、顔を歪めた律季と視線が絡み、胸がキュッと痛み出す。

 なんで律季がそんな辛そうな顔をするのよ……

「そうか? なんだか疲れた顔している」

 スッと近づいて来た律季に、顔にかかった髪を取られる。

「ほらっ……、隈出来てる」

「そんな事ない。ちょっと仕事の疲れが出ただけだから」

「もしかして、例の社長か? 今日も来てたよな」

 なんで律季が知っているだ? 美春か……

 社長に会わせろと言って、引かなかった妹の姿を思い出し顔をしかめる。
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