社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

三年越しの想い

「お待ちしておりました、清瀬さま」

 三年前のあの日と同じように、後部座席の扉を開け穏やかな声をかけてくれた支配人の手を借り、タクシーから降りる。

 はやる気持ちを抑え、支配人の後に続き店内へと入れば、三年前の記憶がよみがえる。

 劣等感に支配され、パーカーにジーパン姿の自分に怖気づき、『こんな高級レストランになんか入れない』と言った私に、颯真さんは言ってくれた。

『誰かと比べ、劣等感に支配され、周りの目を気にして生きるなんて、つまらないと思わない?』

 あの言葉が、劣等感でいっぱいだった私を変えた。そして、一歩前へ進む勇気をくれた。

 変わりたいと願った私の背中をずっと押し続けてくれた大切な人……

「清瀬さま、三年前にお会いした時よりも、さらに素敵な女性になられましたね。三年という月日(つきひ)が、あなた様を変えられた。苦しいことも、辛いこともあったでしょう。誰かに助けを求めたくなったことも一度や二度ではなかったでしょう」

 三年前、この場所で颯真さんに別れを告げてから、何度も自分の選択が本当に正しかったのか悩んだ。すべてを投げ出して、彼の胸に飛び込めば良かったと考えたことも数知れずだ。

 しかし、その度に思い出すのは、あの夜、彼に誓った言葉。

『もう一度、あのステージに立ちたい』

 今度こそ逃げないと決めた。自分の力がどこまで通用するかはわからない。でも、あきらめたくなかった。

 彼の手を取れないと言った私に、颯真さんは笑って背中を押してくれた。そんな彼に『待っていて……』なんて言えなかった。でも、彼はずっと待っていてくれた。

「支配人さん、私……、彼の隣に立つにふさわしい女性になれたでしょうか?」

「清瀬さまは、今も昔も素敵な女性でございますよ。初めてお会いした時からね。その答えはもう、ご自分の心におありなのではありませんか? さぁ、この先で一色さまがお待ちです」

 優しい笑みを浮かべた支配人の言葉と共に開かれた扉。目の前に現れた人工池には青薔薇の花びらが湖面いっぱいに浮かび、池を渡る白大理石の道に置かれた蝋燭の灯りが、花びらが浮かぶ湖面を幻想的に照らしていた。
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