かんざし日和 ――恋をするのに遅すぎることなんかない
第一話 「熟年離婚」
「こちらにどうぞ」
ピッ、ピッ。商品のバーコードをリズミカルに読み取っていく。
「2番の精算機でお願いいたします」
川上志乃は、商品の入った買い物かごをサイドテーブルに置き、穏やかな笑みを添えた。
スーパー『レッドマート』は、帝都大学正門前の幹線道路り沿いにあるスーパーマーケットだ。平日の昼下がりには学生や教職員が、夕方には近隣住民が多く訪れる。
志乃はこの店でレジ打ちのパートをはじめて、もう十年になる。
同僚たちからの信頼は厚く、若いスタッフからも頼られる存在だ。母親のような温かさと、同僚としての程よい距離感。その自然な立ち振る舞いは、決して意識して身につけたものではなく、これまでの人生が育んだものだった。
今日の志乃は、ダークブラウンの髪を後ろでねじり上げ、べっ甲風のかんざしをサイドから差し込んでいる。かんざしは日替わりで、今では彼女のささやかな楽しみであり、トレードマークでもある。
◇◇
志乃は、二年前に夫・西田巌と離婚した。
巌は長年、職場の若い女性との不倫関係があった。志乃はそのことに気づいていたが、一人娘のために口を閉ざし、仮面夫婦を続けてきた。
娘が独立したのを機に、志乃は静かに決断を下した。
離婚を機に名字も旧姓に戻し、職場では「川上さん」と呼ばれるようになった。スタッフの多くはその理由を知っており、特別な詮索もされないまま、志乃は再び“自分”として日々を過ごしていた。
ピッ、ピッ。商品のバーコードをリズミカルに読み取っていく。
「2番の精算機でお願いいたします」
川上志乃は、商品の入った買い物かごをサイドテーブルに置き、穏やかな笑みを添えた。
スーパー『レッドマート』は、帝都大学正門前の幹線道路り沿いにあるスーパーマーケットだ。平日の昼下がりには学生や教職員が、夕方には近隣住民が多く訪れる。
志乃はこの店でレジ打ちのパートをはじめて、もう十年になる。
同僚たちからの信頼は厚く、若いスタッフからも頼られる存在だ。母親のような温かさと、同僚としての程よい距離感。その自然な立ち振る舞いは、決して意識して身につけたものではなく、これまでの人生が育んだものだった。
今日の志乃は、ダークブラウンの髪を後ろでねじり上げ、べっ甲風のかんざしをサイドから差し込んでいる。かんざしは日替わりで、今では彼女のささやかな楽しみであり、トレードマークでもある。
◇◇
志乃は、二年前に夫・西田巌と離婚した。
巌は長年、職場の若い女性との不倫関係があった。志乃はそのことに気づいていたが、一人娘のために口を閉ざし、仮面夫婦を続けてきた。
娘が独立したのを機に、志乃は静かに決断を下した。
離婚を機に名字も旧姓に戻し、職場では「川上さん」と呼ばれるようになった。スタッフの多くはその理由を知っており、特別な詮索もされないまま、志乃は再び“自分”として日々を過ごしていた。
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