警視正は彼女の心を逮捕する
 不思議に思っていると、女性が朱い唇を動かした。

「こちらの問いに質問で返すなんて、躾がなっていないのね」

 む。
 私だって、間違えて呼ばれたり呼びすてされなければ、それなりの礼儀を弁えています。
 ……なんて思っていても、言えない。

 女性は堂々とした態度で名乗った。

「まあ、いいわ。私は宗方綾華(あやか)。悠真の妻よ」

 どくん、と心臓が嫌な音を立てた。
 思ったより動揺している自分に驚く。
 疑問も浮かぶ。
 なぜ、そんな人が自分に会いに来るのだろう。

「立ち話もなんだわ、来なさい」

 綾華さんが顔を向けた先にライトをつけた車が停まっている。
 あれに乗れということなのだろう。
 でも。

「いやです」

 脚は震えているけれど、はっきりした声が出せた。
 そのまま彼女に背中を向けて帰ろうとする。
 冷笑が背中に刺さる。

「あなたが断ったことで、フジやサナがどうなると思って?」

 足が止まる。

 ……おば様が仕切っている宗方家で、嫁である綾華さんにそんな権限があるんだろうか、とは思う。

 でも悠真さんは、婚約者さんのことをいい家柄のお嬢さんだと言っていた。
 だとすれば、おば様が譲歩されることもあるのだろう。

 それに。
 この(ひと)の言うことをきかなければ、お父さん達がひどい目に遭わされるかもしれない。
 足元から冷たさがのぼってくる。

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