警視正は彼女の心を逮捕する
北風の彼と太陽の彼
 鷹士さんのお宅に居候して四日目。

 職場の修復室にいた私は、作業中の掛け軸からいったん体を離した。
 息のかからない所まで遠ざかってから伸びをする。

「ふうう」

 ……ふと思い出した。

『なぜ、美術修復を仕事にしようと思ったのですか』

 修復専門の学校に入学できて、ガイダンスの時に校長から新入生全員が問われた。

『美術品が助けを呼んでいる』
『絵に携わる仕事をしたい』
『芸術品を未来に遺す手伝いがしたい』

 色々な答えがあって、どれも深く共感できた。
 私は絵が輝きを取り戻すのを、この目で見たかった。

 ……そう思えたのは、宗方の家の影響が大きい。

 宗方家は代々政治家を出している名家のせいか、宅内には骨董品や美術品の類がとても多い。

 特に明治から昭和の初めにかけては芸術家達のパトロンをしていたらしく、作家自身がお礼にと置いていったもの。
 戦時中は、都会から訪れてはお米や食物と引き換えに美術品を置いていく人も多かったらしい。

 宗方のおじ様はお客様に所蔵品を見せることが大好きで、子供の私にも気前よく鑑賞させてくれた。
 言ってみれば私設美術館の中で育ったようなものだ。

 併せて、お手入れの方法もおじ様や出入りの職人さんから教えてもらった。
 お母さん曰く、私は目をキラキラさせながら彼らの仕事をずっと見ていた子供だったという。
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