最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 電車の最寄駅から自宅まで歩くと十五分以上はかかる。病院があるので近くにバスも通っているが、本数や時間が限られているのであまり利用しない。

 今週も疲れた。家が見えてきたところで、敷地内に見知った車があることに気づく。

 それと同時に運転席から男性が降りてきた。四十九日に突然現れた二神貴治さんだ。

 驚きで思わず足を止める。忙しいと言っていた彼が、どうしてまたここにいるのか。おそらく叔父に用事があるのだろう。

 挨拶する気も案内する気もない。とはいえ無視もできず、立ちすくんでいると、どういうわけか彼はこちらに近づいてきた。

「君を待っていたんだ。話がある」

 単刀直入に切りだされ、目を瞠る。

「私は、あなたと話すことはなにも……」

「この土地や家の件について提案がある。断るにしても聞いておいて損はないと思うが?」

 そう言われると拒否できない。けれど叔父ではなく私に、ということは手放すように言われるのだろう。

 望むところだ。なにを言われても自分の気持ちは変わらない。

「どんな条件を出されても今、この家を手放す気はないんだな?」

「はい。譲りません」

 決意を問われ、間髪を入れずに返す。私は真っ直ぐに彼を見て、次の言葉を待った。

 一拍間が空き、彼の形のいい唇が動く。

「俺と結婚してほしい」

 空耳か幻聴か。

 眉ひとつ動かさずに放たれた内容に、動揺を通りこして、事実として受け止められない。
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