最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「契約違反なので、この土地は結構です。……家も合わせて二神不動産にお任せしようと思います」

「どうした、突然? なにが気に入らない?」

 淡々と話す私に、貴治さんが切羽詰まった表情で尋ねてくる。

 不思議だ。きっと初めて会った頃の彼なら『わかった』と、ふたつ返事をしてくれた気がする。でも、そうじゃない。ただ、冷たいだけの人じゃないって知ってしまったから……。

「気に入らない、なんてとんでもないです。貴治さんにはすごく、よくしてもらって……本当に感謝しているんです」

「だったら、どうしたんだ?」

 怒っているというより、不安そうな面持ち。貴治さんの顔を見ていると、視界がじんわりと滲んでいく。

「だめなんです、私。わかっていたはずなのに……」

 時間は限られていると理解していた。そう遠くない未来、別れはやってくる。けれど、そのときが来るのはまだ先だと高を括っていて、残るのは後悔ばかりだ。

 そこで言葉に詰まり、堪えていた涙が目尻からこぼれていく。

「……このままじゃ私、また同じ思いをしてしまう」

 母が亡くなったときのおぼろげな記憶。大人たちが私をどうするかで揉めている中、スカートの裾をつまみ、ひとりになった寂しさに耐えていた。そのうえ誰もが厄介事を引き受けたくないとしているのが子ども心にもわかっていた。

 私は誰にも必要とされていないし、行く場所もない。
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