最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「臨。今、少しいいか?」

「あ、はい」

 名前を呼ばれ、視線をドアのところに向ける。貴治さんはきっちりスーツを着こなしていた。おそらくこのあと会社に行くのだろう。

 リビングに向かいながら、まるでどこかのホテルのスイートルームのようだと思った。実際に足を運んだことはないから、テレビや雑誌のイメージでしかないけれど、十分すぎるほどの部屋数とシンプルだが一級品のインテリアの数々。

 一階にはフロントみたいなものがありコンシェルジュと呼ばれる男性が待機していてエレベーターもこのフロアに直通のものがある。

 完全な別世界だ。本当に彼はここで暮らしていたのかと疑いたくなるほど、生活感がまるでない。

 リビングに着くと、貴治さんから封筒とカードキーが渡される。

「この前確認してもらった契約書の控えと、家の鍵だ」

「はい」

 契約を交わす際に、内容はじっくり読んだので不満はない。この結婚生活は長くても一年。離婚する際に、祖母の家の名義は貴治さんから私に変更してもらう。

 大きな取り決めはそれくらいで、この契約を他言しないことや生活費は貴治さんが担う旨などが盛り込まれている。お互いの生活に干渉しないこともきっちり記されているのは、貴治さんの希望だろう。

 とはいえすべてを事前に決めるのは難しいので、契約書に書いていない内容はその都度、彼と話して決めていく。

「家の件、ありがとうございました」

「そういう約束だったからな」

 改めてお礼を告げたが、彼からは素っ気なく返される。
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