最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「あの……体調は大丈夫ですか? なんだか顔色があまりよくない気がするんですが」

 お互いに会話が弾むような関係ではないが、今日の貴治さんはいつもよりさらに口数が少ないし、なんとなく元気がないような印象を受ける。

「気のせいだろ」

 しかし私の指摘は一蹴され、彼はドアに手をかけた。その姿に反射的に口が動く。

「いってらっしゃい」

 あ、と思ったときにはもう遅い。一瞥されたものの、とくになにも返されることはなく貴治さんは行ってしまった。

 急に部屋が静かになり、さまざまな感情が溢れ肩を落とす。

 余計だったかな。

 体調を心配したのも、こうして見送ったのも。彼にとっては鬱陶しいだけだったかもしれない。

 結婚といっても便宜上のものだからしょうがないのかもしれないけれど。彼について知っていることといえば、年齢は三十歳で私より五つ年上。兄弟はおらず二神不動産の副社長で次期代表取締役になる人。それくらいだ。

 好きなものも、趣味も、なにも知らない。なにをすれば喜ぶのかも……。

 頭を振って思考を止める。やめよう。どうせ別れる存在だもの。深入りしない方がいい。彼だって必要最低限の接触しか望んでいないんだから。

『いってらっしゃい』

 つい口をついてでた言葉に自分でも驚く。もうずっと、こうやって声をかける相手はいなかったのに。

 一回、実家に戻ろうかな。

 ここにいても落ち着かない。感傷と緊張が入り混じり、この広さにひとりでいるのは、胸が苦しくなる。

 買い物もついでにしてこよう。

 私も出かける準備を始めた。
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