最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「こ、これは……。わざわざすみません。田辺さんから聞いていましたが、まさか副社長自らがいらしてくださるとは……」

 自分の息子とそう年も変わらない男性に叔父は平身低頭だ。滑稽な姿に、私の心は冷めていく一方だ。

 それにしても彼の正体についてある程度予想していたが、まさか副社長とは。二神不動産はその名を知らない者はいない国内最大手の有名企業だ。オフィスビルや商業施設、賃貸マンション、ホテルなどさまざまな建築物の開発や分譲を行っており、デベロッパーの分野でも名を馳せ、グループ企業数は全国に数百社ある。社長の名前が会社名になっているのだから、縁者とは思っていたけれど……。

「普段は現場の交渉にあまり顔を出さないんだが、ずいぶんと手こずっていると聞いた。この土地の購入を希望しているクライアント待たせているんだ。さっさと建物の所有者と話をしたい」

 そうだ。彼がどんな立場の人間でも関係ない。私の意思は変わらないのだから。

 叔父がちらりと私に視線を寄越し、再び彼も私を見た。途端に彼は眉根を寄せ、不快そうな顔になる。私は怯まず、むしろ口角を上げた。

「この建物の所有者は私です。高松靖子(やすこ)の孫、高松臨。私は絶対に売らない。誰になにを言われても意思を変えるつもりはありませんから」

「いい加減にしないか! こんな家を残していても廃れるだけだぞ! せっかくいい値段で買い手が見つかったんだ。この機会を逃したら……」

 その言い分をもう何度聞いたことか。口を挟む叔父に皮肉めいた笑みを浮かべた。

「なら土地だけ売ったらどうです? 新しい土地の所有者とあとは話し合いますから」

 ここまで強気に出られるのは、土地だけ売れる可能性がほぼないのをわかっているからだ。土地だけあってもその上にある建物をどうすることもできないのなら、たいていの買い手は購入をあきらめるだろう。
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