最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 彼の車に乗り込んだ途端、張り詰めていたなにかが切れ、どっと疲れが押し寄せる。

「大丈夫か?」

「す、すみません。うまく立ち回れなくて」

 今になって、心臓がバクバクと音を立てる。

「いや……。両親が不快にさせて悪かったな」

 ぎゅっと胸を押さえていると、貴治さんが申し訳なさそうに謝ってきた。

「え、全然そんなことありませんよ」

 私の回答に貴治さんは目をぱちくりとさせた。その表情に、思わず苦笑する。

「だってお母さんがおっしゃったこと、全部本当ですし……。貴治さんみたいな人が私を選んだら、息子は騙されているんじゃないのか、なにか裏があるんじゃないかって普通は思いますよ」

 お母さんの言葉をここまで冷静に受け止められるのは、根幹に貴治さんを心配する気持ちがあるからだと伝わってきたからだ。私自身を否定されたのではなく、あくまでも彼の結婚相手としてふさわしくないという主張なら納得できる。

「だから私、貴治さんの選択が間違いだったと思われないように契約期間中は奥さんとして精いっぱいがんばりますね!」

 なんとも言えない気持ちになっていると、頭に手のひらの温もりを感じる。

 視線を横に向けたら、貴治さんがかすかに笑っていた。もう何度も見た、皮肉めいた冷たいものではなく、穏やかな表情。

「ありがとう、臨」

 優しい声に胸が張り裂けそうになり、すぐさま彼から顔を逸らした。

 心臓が壊れそう。この気持ちはなに?

 わからない。それでも貴治さんの妻として、少しても彼の役に立ちたい。

 契約があるからとか、祖母の家を手放さずに済んだからとか、関係なく自然とそう思えた。
< 51 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop