最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「貴治、あなたに生活費を渡していないの?」

 しかし、続けられた質問は意外なもので、私は慌てて首を横に振る。

「いいえ。きちんといただいています」

 私の回答にお母さんは眉をつり上げた。

「だったら、なぜ? 服だってもっといいものを着たらどうなの? 仕事だってどうせ辞めるんでしょう?」

 一気にまくし立てられるが、勢いに負けずに自分の想いを伝える。

「すみません。でも貴治さんの妻の前に、私は高松臨として今まで通り仕事を続けるつもりです。私が希望して入社した会社ですし、仕事も好きですから」

 貴治さんも納得してくれている、と補足するとお母さんは信じられないといった面持ちになっている。

「そんな暇があったら、もっと未来の二神不動産の社長夫人の肩書きにふさわしい振舞いを身につけたらどう?」

 お母さんは小さく呟くと、リビングのチェストから分厚いファイルを取り出し、私の前にあるテーブルに置いた。

「これは?」

「来月末、二神不動産の創立記念パーティーがあるの。夫が、貴治はもちろんあなたも貴治の結婚相手として参加させると言い出して……私は反対したんだけれど」

 お母さんはふぅっとため息をついた。

「これは、パーティーにいらっしゃる方々の肩書きや好み、経歴をまとめたものよ。本番までに頭に入れなさい」

 突然の要求に意表を突かれる。

「まったく。末永のお嬢さんなら最初から顔見知りが多いから、こんな心配をしなくてもよかったのに……」

 前にもお母さんが口にしていた末永さんという方は、おそらくそれなりの家の令嬢なのだろう。お母さんが彼女と貴治さんの結婚を望んでいたのは、あきらかだ。でも……。
< 54 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop